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吉宗の正しい愛
「お疲れ、凛。ん」
ただいまとも、ありがとうとも言う間もなくグイッっと被せられたフルフェイスの中で凛はムッと膨れっ面ながら、ただいまと呟く。
吉宗が用意した凛専用のクリーム色のフルフェイスヘルメット。その中にはメット用インカムが内臓されており凛の呟きは吉宗の耳に届いている。だが凛はそれを知らない。
“もぅ…ただいま”
吉宗は自分の耳に届いた凛の声に人知れず頬を緩めると、ぎゅっと巻き付けられた腕を合図にバイクのエンジンをかける。そして自分の腹の前で組まれた凛の手をグローブの手でポンポンと叩くと夜の道路を走り出す。
18歳で大型バイク免許取得後1年は一人で走りを楽しめるバイクに乗っていた吉宗だが、ちょうど1年でタンデム(2人乗り)をしやすいバイクに乗り換え、同時に凛専用ヘルメットを用意した。そしてクリーム色のそれにチョコレートブラウンのカラーの花を二本描いてもらったのだ。その花言葉は‘凛とした美しさ’
そしてもう1年間、こうして凛の仕事終わりを彼女が働く美容室の前で待ち家まで送るのだ。バイクでたった10分の日課。20歳の吉宗と22歳の凛の日常。
だが二人は付き合っているわけではない。もう5年ほど、吉宗はことあるごとに凛に告白をするのだが彼女は応えられずにいた。それでも吉宗は凛との距離感を変えることなく日常的に彼女に会いに来る。
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