5.社交界と書いて未知と読む

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「今日は藤乃咲が参加しているようだが、見たことがない子が居てね」 「ああ、私も見かけたよ。弥彦様の御子息でも義人様の御子息でもない子だった」 「あら、どちらかの隠し子かしら?」 「滅多なことをおっしゃってはいけないわ」  上品ながらも悪意が滲む笑い声が耳に入る。  パーティーというのは社交の場でもあり、噂が渦巻く場でもある。他人の悪意から自分を守るためには、付け入る隙を見せず、常に完璧に振る舞う必要がある。  だから、藤乃咲家の今回の動きには些か疑問が残った。教育に携わっているからか、あの家ほど厳格な家を僕は知らない。  だから、隠し子など言語道断だ。もし本当に隠し子が居たのなら、藤乃咲は躊躇いなくその人物と縁を切るだろう。 「やあ、皇くん」 「理事長……いえ、藤乃咲様。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」 「いや、家格で考えれば私から挨拶するのが妥当だろう」  柔和な笑みを浮かべる理事長に、僕も似たような笑みを返す。  皇家の代表として参加しているため、大勢の人に話し掛けられていたせいで挨拶が出来なかった。ホストである天知様にはなんとか挨拶できたが、珍しく参加しているらしい天知くんにはまだ会えていない。  暫く理事長と談笑し、そういえばと周りが口々に溢していたあの話を切り出す。些細な情報だろうと、情報は武器になる。 「今日は藤乃咲家の方がもう一人来られているとか」 「そうなんだけど、天知くんに連れられていってしまったみたいでね」 「天知くんが?」  珍しいこともあるものだ。  彼が他人に興味を持つこと自体は珍しいことではないが、共に何処かに行くなんてことをするタイプではない。彼がそういうことをするのは、それこそ玄田くんくらいだろう。  まず、天知くんは他者に対してそういうことはしない。好き勝手生きているように見えて、彼はあらゆる方向から己を客観視できる男だ。自分の価値を理解しているからこそ、天知(自分)に対して期待を持たせるような行動は慎んでいる。 「どうやら甚く気に入っているようでね。……ああ、今戻ってきたね」  理事長の視線を辿れば、特徴的な赤髪の美丈夫の隣に見覚えのある、それこそ朋也の隣でよく見かける子が歩いていた。  焦茶色の髪は左側だけ耳に掛け、彼の整った容貌がよく分かる。慣れない空間にいるせいか、猫のようなツンと澄ました表情は少し疲労を滲ませている。 「おや、その反応はもしかして知らなかったのかい?」 「プライベートなことですから、調べたりはしませんよ」 「君の弟と関わりがあるのに?」  弟と関わりがあるから、深く触れられないのだ。 「意地悪を言わないでください」 「ふふ、すまない。天知くんは彼の転校が決まった時点で調べはついていたようだからね」 「それは……どうなんですか?」 「一度厳しく咎められるべきだとは思うよ」  それには同意見のため、僕は無言で頷き返した。
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