新説都市伝説『お届けにあがりました』

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 ある理由があって黙ってた話があるんだけど、たぶんもう大丈夫だと思うから、 今日解禁ってことにする。  数年前のある夜――気ままな大学生活を送っていた俺は、普段通り寝支度を整えて、ベッドでスマホをいじっていた。  大体の場合、ツイッターやニュースのまとめサイトを見ているうちに眠気が来て、そのまま朝までぐっすりコースだから、そのときも、当然その気でいたんだ。  だけど、その日はどうも寝つけなかった。  まとめサイトで興味のある記事はあらかた読み終えてしまって、チラッと、スマホ画面の左上に目が行く。時刻表示は 0時45分になるところだった。出来ればもうそろそろ寝ていたい時間帯だが、眠気は全然きていない。  一旦、時間が気になるとますます眠れなくなるんだよな……と参りつつ未練がましくウェブ上をフラフラしていると、ふと、 とある広告が目についた。  四角い広告枠の中に「集中? 寝落ち? のんびり難解パズル!」 なんて文字が浮かんでは消え、 実際の操作画面らしい映像が流れる。よく見るような、ゲームの広告だ。  なんとなく惰性に任せ広告を眺めていると、そのゲームは、いわゆるスライドパズルと呼ばれるものだという事が分かった。  簡単に説明すると、ケースの中に敷き詰められたピースを、空いた1マスを利用して滑らせるように動かし、絵の完成を目指すパズルだ。  広告のパズルは、グラフィックデザインが木の質感っぽいのもあって、平面的な寄木細工といった印象を受けた。  ダウンロード不要、とも書かれており、アプリみたいにダウンロードしなくてもブラウザで遊べるというのが気軽で良さそうだ。時間から気を逸らすために一度やってみても良いかもしれない。  そんな風に考えて広告をタップし、ゲームページに飛んだ。  ゲームページはシンプルな造りで、全体的に彩度を抑えた色調と緩やかなBGMが、謳い文句のとおり集中力を高めそうにも 、眠気を誘いそうにも思えた。  パズルは簡単なレベルから始まって、次第に難しいステージが解放される仕組みのようで、時折パズルのフレーム横に現れる動物のパペットみたいなキャラクターに応援されつつ、俺はステージを進めていった。  そうしてほどよく楽しみ、ほどよく飽きが来たおかげか、あくびが一つ出た頃のことだ。  画面に、「コングラチュレーション」の文字が現れた。 どうやら、全クリらしい。  ステージは7をクリアしたところだったので、なんだか中途半端に感じたが、まあ眠くなってきたし丁度良いか……と、ブラウザを閉じようとした――そのときだ。  画面全体に 「達成報酬をお送りします!」というポップアップが現れた。  いきなり現れたド派手なポップアップに面食らいつつ、アプリのダウンロードも会員登録もしてないのに、達成報酬なんてどう受け取るんだ? というか達成報酬って何? なんて思っていると、なんと、続けて住所の入力欄が現れた。  ……パズルゲーム自体は普通のブラウザゲームという感じだったが、まさか、詐欺系のサイトだったのだろうか。  いくらなんでも怪しいので住所は入力せず、画面を閉じる。  最後の最後で変な目に遭い少しばかり気分が落ちたが、いくらか集中力を消費したせいか、単に目が疲れたせいか、寝体勢に入った俺は目をつむって数分のうちに眠っていた。  それからおよそ2週間後――ネットでパズルゲームをしたことなんかすっかり忘れていた夜のことだ。  唐突に、インターホンの音で目が覚めた。  あんまり急だったもんで、夢か現か判断がつかず、目をつぶったままぼーっとしていると、再びインターホンが鳴る。  この時点で徐々に頭がしっかりしてきて、俺は状況を分析し始めた。  俺が寝たのはいつも通り0時を回った頃だったはずで、すると、少なくともこのインターホンは深夜0時以降に鳴っていることになる。  誰が、何の用事で?  近隣から苦情が来るような覚えもないし、いくらなんでも、こんな夜中にアポなしで突撃してくる友人も思いつかない。  となると、イタズラだろうか?  頭の中をハテナでいっぱいにしていると、更にインターホンが鳴る。3回も鳴らすとなると、イタズラというよりは何らかの用事があるように思えた。  具体的には思いつかないが、例えばどっかから水漏れしてるとか、何か、そんな緊急事態かもしれない。  ひとまず様子を見てから考えることにして、そっと玄関に向かう。  足音を忍ばせたのは、居留守の場合に備えてだ。  ――果たしてドアスコープの向こうには、なんだか変な光景がひろがっていた。  昔はよく見かけたタイプの、黒いゴミ袋……それが、立っていた。  目に入った瞬間こそ、背の高い置物に黒いゴミ袋が被せてあるのかと思ったのだが、何の拍子か、その物体がわずかに左右に揺れたのを見て、「中に居る人間が身じろいだ」と直感した。そういう、ヒトっぽい動きだった。  現実離れした光景に唖然としていると、それが大きく身をよじる。  中の人間がどういう体勢かは分からないが、黒いビニールのねじれた光沢から察するに、たぶん、腰から上をひねり、後ろを振り向くような格好をしたのだと思う。  すると、ゴミ袋の上に縦に貼られた白いガムテープがあらわになった。そこには何か、文字が書かれているようだ。ゴミ袋はこちらの視線を認識しているかのように 、その体勢で動きを止めている。  白いガムテープには「お届けにあがりました」 と書かれていた。  人間の思考回路というのは不思議なもので 、俺は何故かその文字を確認した瞬間に、それまではすっかり忘れ去っていたパズルゲームのことを思い出していた。  「達成報酬をお送りします!」という文字と、住所の入力欄が、目の前の状況と結びついたんだと思う。  突飛な思考なのは自覚してたし、第一、あのとき住所は入力していなかったはずだが……と、そう考える間も俺はゴミ袋から目が離せなかったし、ゴミ袋も動かなかった。  そして、こう着状態になってどのくらい経った頃だろうか――俺は、ドアスコープを覗いて以降インターホンが鳴らされないことに気づき、あらためてゾッとした。  そもそも目の前のコイツが、ゴミ袋を被ってここまで来たと考えるのも無理があるが、この場でゴミ袋を被ったのだとしても、どちらにせよ全身をゴミ袋に包んだ後ではインターホンを鳴らすのは難しいだろう。  つまり、さっきまでインターホンを鳴らしていた“誰か”が、この様子をすぐ横で見ているのではないか?  そう思い至ると、俺は急激に怖くなった。  ゴミ袋だって十分に気味が悪いが、このゴミ袋は精々ドアに体当たりするくらいしか出来ないだろうと無意識に高を括って、安堵していたのかもしれない。  得体の知れない第三者の不気味なイメージが膨れ上がり、居ても立っても居られなくなった俺は、そっと足音を殺して部屋まで戻る。  通報という選択肢も浮かんだが、しんと静まり返った真夜中で、おまけに玄関のドアと部屋の間には何の仕切りもない。こちらの話し声がドアの向こうに聴こえそうな気がして、電話するのは恐ろしかった。  ただ、何もせずに居たら、姿の見えない第三者が何かするかもしれない…… 。  そこで思い立った俺は、 友人数名にメッセージアプリで 「起きてる?」と送ってみた。  「何?」と返信をくれた友人に 「玄関の前にずっと変なのが居て、通報したいけど声出せない。代わりに通報してほしい」と告げる。  友人は慌てた様子ながらも了承してくれた。  友人に文面で住所を伝えて、しばし外の物音に注意しながら身構えていると、十数分ほど経った頃、コンコン、と心持ち静かにドアをノックされた。  警察か、さっきの奴か。ノックしたのがどちらか分からず、緊張が走る。俺はもう一度、足音を忍ばせてドアスコープを覗いた。  そこに居たのは、警官だった。中年の男性2人だ。  それでもドアを開けるのがまだ怖かったので、ギリギリ、ドア越しでも聞こえるくらいの声量で「はい」と返事をした。 ちゃんとそれが聞こえたらしく、警官のうち1人が応答してくれる。 「田中さんのお宅ですか?  ご友人という方から通報があって来たのですが」 「……はい、俺が通報を頼みました」  現実感のあるやり取りで安心した俺は、緊張が解けた後に特有の疲弊を感じながらドアを開けた。  その瞬間、視界に入ったものにギクリと固まる。  ドアを開けてすぐの玄関脇に、黒いゴミ袋が置いてあった。 「……これ、田中さん家のゴミですか?」 「いや……」 「ではやはり、不審物ですか」  俺が体を強張らせたのを見て察したのか、淡々とした確認がなされる。 俺は黙って頷いた。  その後は、ゴミ袋が危険物の可能性もあるとのことで、結構な騒動になってしまった。  ひとまずゴミ袋の処理は他の警察職員に任せることになり、俺は近くの警察署まで同行して、そこで事情を説明することになった。  この辺の流れはさほど重要じゃないので割愛するが、結局ゴミ袋の中身は、大量の綿だったらしい。取り立てて特筆すべきこともない、手芸屋で売っているような普通の綿だったそうだ。  最終的にその一件は、見回りの強化という策をもって終了になった。  警察ではその後も調査などしていたのかもしれないが、俺は何も知らされなかったし、その後の進展として把握できた事といえば、マンションのエントランスにある住民用の掲示板に、 「当マンションにて、深夜に、侵入者がインターホンを鳴らすイタズラが発生しました。居住者の皆様はご注意ください」  という注意喚起のポスターが貼られていたくらいだ。  それと余談だが、警察署で事情の説明をする際、俺は例のパズルゲームのことは話さなかった。話したのはインターホンが鳴って以降のことだ。  説明をしている間、何度かパズルゲームの件が頭を過ったのだが 、「ネットのゲームで得た達成報酬がアレかもしれないです」なんて言おうものなら俺まであらぬ疑いをかけられそうで、口にすることは出来なかった。  諸々の手続きを終えて帰宅し、落ち着いて考えてみると、あれが例のパスルゲームの「達成報酬」ならゲーム中にスマホの位置情報を読み取られていた可能性があるんじゃないか……とも考えられ、やはりゲームの一件も警察に報告したほうが良いように思えてきたが、報告するのならとスマホの履歴を探ってみた結果、例のパズルゲームをやったページは出てこなかった。  ……そんな感じで、俺の体験は終わり。  黙ってた理由っていうのは、俺の家に来た奴らとか、その関係者とかにこの話を見られたら、どうなるか分からなくて怖かったから。  今はもう引っ越したし、スマホ自体も買い替えたから、話しても良いかなと思ってさ。  そう口を結んだ彼の話を聞き終えて、私は納得していた。 「じゃあ、あのときのメッセージは、そういう理由だったんだね」  私がそう頷くと、彼は幾分か申し訳なさそうに、そして肩の荷が降りたといった表情でやはり頷いて見せた。  「起きてる?」とだけメッセージが届いた夜、私は数日前からの風邪が悪化し、そこから運悪く肺炎と喘息を併発してしまい救急搬送されていた。  それから入院、退院を経て、彼と再び大学で顔を合わせたときには、どちらかと言うと私の体調についての話題が優先され、彼のメッセージについて問い質す機会を失っていたのだ。それまで、近所に住んでいるという一点のみが付き合いの主な理由で、深夜にメッセージを交わすほど親密ではなかったので、真意が気になってはいたのだが。  そして、そのまま日常は流れ、彼とはそれ以上特別親しくなることもなく、私が引っ越してからは更に縁遠くなっていたのだが――つい一昨日、以前の家の近くで大学時代の友人数名と会う機会があり、話の流れと酔った勢いで、全員で彼のマンションへと行った。  そこで、彼がもうそこに住んでいないらしいことを集合ポストの表札で知り、こうして久しぶりに連絡を取ってみたわけだ。  事情を聞いてみて、あのメッセージがどういった経緯で送られたものかも得心いったし、「嘘みたいな話だよな」とやや不安そうにこちらを窺う彼を疑う気持ちは、全くといって良いほどない。  彼が住んでいたマンションのエントランスにある集合ポスト、その横には住民用の共同掲示板がある。部屋の売却を促す不動産屋の冊子、ペットを飼う際の注意やゴミの分別についてなどの、住民に向けての貼り紙――新しいものから年季の入ったものまで様々な広告物が並ぶ中、隅のほうに、白いテープが縦に貼ってあった。そこには『探しています』とだけ書いてあり妙に気にかかっていたのだが、私はこれでようやく納得したのだった。
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