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「うーん俺なら家の中に埋める。…正解?」
「ハズレ」
「なんだよ、じゃあなんだよ、山の中に放り込む」
「それもブブーッ」
畜生、と彼は笑った。
国道沿いの公衆電話から僕の携帯にアクセス。
そしたら僕は飛んでゆき、彼は待っている。
人相の悪い彼は昔からワルそうだった。小学生の頃、母親しかいない子供は珍しくって、そんな家庭の子とは遊んじゃいけないとよく母親は言ったもんだ。
でも彼は野球がうまくって、女の人が裸の雑誌を持っていた。だから僕はよく彼と遊んだ。
母親の鏡台の裏からエロ本を出してきて、母ちゃんのコレが持ってきたのだと笑ったっけ。
そんな彼と初めてキスしたのは中学生の時でキスは何味だ、という不思議からやった遊びのキスだ。
僕は高校生の頃から教師になりたいと思っていて、彼は鉄パイプを持って街をうろつきまわる。
たまにかかってくる電話で僕達は繋がった。好きなのかな、と気づく前に体を繋げて、愛してるとは言えないままにここまで来たけれど、もう言葉は必要ない。
二人はきっと解っている。そっと手を繋ぐ間合いや、目を合わせて逸らす、そんな事が二人の会話だ。
夜空を見上げる彼はしがない金貸しで、僕は無能教師。それでいいじゃないか。
「答え…何だよ」
「教えないよ。だってリアルに面白い答えなんだから」
「ああ、苛苛するなあ」
苛苛すると腹減るな、そう言って彼はいつものイチゴジャムパンを取り出した。
彼とキスする前の雰囲気って前戯に似ている。
彼は照れくさそうに僕を見ないでイチゴジャムパンを食べている。
高速道路の歩道にあるバス停のベンチと公衆電話、僕のポンコツ自転車がその横に放り出してある。
僕と彼はまるで他人のようだ。でも、お前も食べるか、と彼が言った時に僕らは親密な関係に戻る。
何故なら僕はかならずうん、と言うからだ。
夏の日も冬の日も僕らはここにいる。家のない子供のように。
少し吊りあがった目で僕を見ながら少し潰れたイチゴジャムパンをスーツのポケットから取り出す彼はこれが大好物なんだ。
僕と彼は、おなじみの味にうまい、と何度も言い合った後、キスをする。
お互い同じタイミングで目を瞑れば相手の顔の位置なんか解らないけれど鼻から彼の体臭が(例えば煙草、イチゴジャムと汗)僕の体に入ってきてより近くに感じる、僕らはここに二人でいるということを。どちらも見えていないのに解るんだ、ほら唇の場所を二人は長年の勘で探り当てる。かさついた彼の唇に僕の唇を重ねれば僕は世界中の誰よりも彼を知った気分になる。いろんなことをするよりも、こうして少し触れ合って、確かめて、愛したい、愛しあいたい。彼はあんまり優しくしないでくれよな、と言う。どうして?と聞けば優しくされたことがないからどうしたらいいのか解らないんだと変な顔をしていう。僕は優しくしたいんだ、と言って手を握って、彼はそれを握り返す。僕らのこの関係をなんというのか解らないけれど、恋人、と誰かは言ってくれるのかもしれない。
好きだもの、好きなんだ。
だから例えば、僕の前に鹿が死んでいたならば。
「え、どうしたって?周りがうるさくてよく聞こえないよ」
例えば朝起きて家の扉を開ける。思ってもみなかったものが横たわっていて、人がこれに気がついたら、ただじゃすまない。
そしたら、どうする?
「俺、もう駄目だよ。ヘマやっちまった。会社の奴ら金を回収できなかったら、指詰めろってよ、怖ええよ。俺、逃げるかもしれない。畜生、涙が出てきやがった」
僕はきっと弱いから、その思ってもみなかったものを必死に抱えて今までお世話になった人や信頼してくれている人の家でもいいから、僕の腕の中にあるこれを誰かに。
僕のやることを誰かはどう呼ぶんだろうか。
僕の事を好きな岩下や何の罪のない菊斑先生、校長や同僚は。それからカップ麺を啜る不良達。
僕が夜の学校に忍び込んで恋人の為に、岩下達が集めた金が入った金庫を開けて僕がお金を盗んだらみんなはもっと他のやり方があった、というのかもしれない。
お前に関係ないことだっただろうと言うのかもしれない。
でも。
例えば誰かが家の前に立っていたとする。僕の恋人が青白い顔で立っていたりする。
その人が思ってもみなかった物を抱えていたら、それはもう仕方がないな、と僕は笑ってしまうかもしれない。
彼と僕に言葉の意味なんていらないけれど、その正体の名前は不幸っていうんだろう。
だから僕は抱えていた幸運と言う名前の真っ黒い品物を渡すんだ。
不幸という名の物は誰かの家の前に置いて、
僕らはいつものようにあの場所でキスをする。
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