買い上げ夫人

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買い上げ夫人

「ごきげんよう、綏子(やすこ)さま。  鹿鳴館には一月(ひとつき)ぶりでは  ございませの?」 「ごきげんよう、那美子(なみこ)さま。  夫が洋行しておりましてね、  外出が困難でしたの、見張りが  付いてしまってて」 「ふふふ・・・御主人様の  “嫉妬深さ”にはお困りね」 「ふふ、まったく・・・」 知人と話し込む夫の背を横目に 綏子は微笑んだ。 (そう・・・まったくだわ。  妻を“満足”させられぬくせに  嫉妬だけは一人前なのだから) 倍ほどの歳の離れた夫は 維新の功労で伯爵になった 貧乏田舎武士だった。 若い頃は正義に溢れた 若獅子であったようだが、 新たな世になると ((ちまた)によくいる  “淫行爺”じゃない) 内心で綏子に見下される 男になっていた。 愛のある結婚ならば こうも思わないのだが、 (金で私を妻にして) この事実が、最初から、 綏子に嫌悪を抱かせていた。
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