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怒りの理由
「ねぇ……どこに隠したの?」
梨乃は、俺の顔を覗き込む。いつもより入念に睫毛を伸ばした大きな瞳には、困惑の色が滲む。
「あんたが隠したんでしょ。分かってるんだからねっ」
桜色の艶のある唇が、同じ言葉を繰り返す。
「し……知らねぇよ」
フイと顔を背けて呟く。
「だって、こんなことするの、あんたしかいないでしょ」
彼女の声に少しずつ苛立ちが混じる。
「ここ! この鏡台のお皿の上に置いてあったの。あんただって、いつも見てるでしょ?」
彼女が指差すのは、壁際の5段チェストの天板。その上に、白い貝の形の皿の他、スタンドミラーやらアクセサリーボックス、更には不細工な黄色の人形を並べている。彼女が「プー」と呼ぶ、ソイツは、肌触りだけは悪くないが、死んだような黒い目が不気味で、俺は近寄らないようにしている。第一、あれだ。コレを持ってきたヤツが気にくわねぇ。そして、彼女がそれを喜んで受け取ったってことも、癪に障るんだよ。
「さぁ……覚えちゃいねぇな」
正直言うと、彼女の行動は逐一見ていた。てゆうか、お前のことなら、いつでも見てんだよ……俺は。
「帰ってきたら、あそこに置くって、決めてるじゃない。それでも念のため、カバンの中も、コートのポケットも、全部探したんだからぁ!」
ベッドの上に脱ぎ散らかした上着。床の上には、財布、化粧ポーチ、文庫本、ペンケース……ひっくり返したカバンの中身が無惨に散らばる。
「どこに隠したのか、思い出しなさいよっ、この鳥アタマ!」
だんまりを決め込んだ俺に、彼女はキレた。俺はテーブルにガバと伏せる。ちらりと見上げれば、歪んだ眉に怒りと焦りがくっきり見えたから、そのまま目を閉じる。
へっ、お前が悪ぃんだろうが。俺ってモンがありながら、アイツに会いに行くつもりだったんだろぉ?
「どうするのよ……ああ……もう、こんな時間。大樹君、待たせちゃうじゃない」
やっぱり浮気じゃねぇか。分かってたけど、その名前、聞きたかねぇよ。
ブ……ブブブ……
テーブルに付けていた頭が揺れる。不快な振動の元に、彼女は飛びつくように手を伸ばした。
「あっ、大樹君? ごめんねぇ、まだお家なのぉ」
半オクターブ高い声音なんか出しやがって。そもそも、その口調は俺にだけ向けてくれたヤツじゃねぇのかよ。
瞼を開けて、盗み見る。唇を尖らせて、夢中で話している横顔が遠い。
「なんでぇ……浮気女め」
呟くも、虚しさだけが胸に落ちる。1ヶ月前まで、彼女の愛は、確かに俺にだけ向けられていたんだ。なのに。なんでだよ、梨乃。
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