20人が本棚に入れています
本棚に追加
愛だろ、愛
「なにソレ、ウケるぅー!」
俺達の愛の巣に上がり込んだ、長い髪の眼鏡女が大口開けて笑っている。この女は、何度か姿を見ている。別に恋敵じゃねぇし、梨乃が楽しそうだから、俺にとっては無害――まぁ、どうでもいい存在だ。
女2人で帰宅するや否や、俺のことなどそっちのけで、テーブルの上一杯に、食い物やら銀色の缶を並べ出した。それからかれこれ、1時間近く喋ってやがる。
「アイツ、あたしのこと『冷血女』って突き飛ばしたんだよ。酷くない?」
梨乃は、銀色の缶を掴むと傾け、ゴクリと喉をならした。今日の彼女は、白いパンツの上に青い横縞のロングTシャツ。髪も無造作に一括りにしただけ。睫毛も伸びてない。
「だけどさぁ……」
眼鏡女の視線がチラリ、何故か俺に飛んできた。
「結果的に、良かったよ。梨乃は学部が違うから知らなかったとはいえ、アイツ、『俺様束縛男』で有名だったんだよ?」
眼鏡女の手が箱の中からピザを持ち上げる。ビローンとだらしなくチーズが伸びた。
「手も早くてさぁ……女の子、何人も泣かせたって」
「えぇー、あの時までは、優しくてぇ……全然、そんな素振りなかったのにぃ」
更にグビグビ缶を飲み干し、天井を仰ぐ。
「だからぁ、食われる前で良かったって話。あんた、あそこのインコに助けられたね」
おっ。分かってんじゃねぇか、眼鏡女。
2人が俺に注目したので、思わずブランコに飛び乗って、大きく揺らした。
「うー、ピースケがぁ? ナイナイ。あんなの、ただのイタズラじゃん」
鼻の上にシワを寄せると、梨乃は顔の前で大きく手を振り、鏡台を見上げた。白い貝の皿の中には、相変わらず鍵が置かれているが、新しいアクセサリーはイチゴからトマトに昇格し、流石の俺でも持ち上げられなくなった。
「そもそも、家の鍵、隠すな、って話だよ」
スタンドミラーにアクセサリーボックス。彼女が向ける視線の先に、あの黄色い「宝物」は、もう居ない。ヤツが帰った翌朝、グレーの布が剥がされた時には、鏡台の上から消えていた。
虚ろな眼差し。横顔がクシャリと歪んで、抱えた膝の間に埋めた。
「やだ、もう酔ったの?」
「チカちゃん、ヤケ酒、付き合ってくれるって言ったよね……」
声に涙が混じる。眼鏡女が隣に移動して、俯いたままの梨乃の肩を抱いた。今夜は、俺の出る幕じゃねぇな、こりゃあ。
「はいはい。お泊まりセット持ってきたから。とことん付き合ってあげるよ」
眼鏡女は、ポンポンと頭を撫でる。
「うわーん。どっかに、いー男、落っこちてないかなぁー」
居るじゃねぇかよ、いつも、すぐ側に。
彼女がサラリと俺を除外していることに、嘴を尖らせながら、ブランコをゆっくりと揺らした。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!