寿命ローン

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困った。大変困った。 何が困ったかというと、今日アパートのポストの中を見たら『督促通知』なるものが入っていた。 封を開けて仔細を確認してみると、どうやら我が両親が大学の学費を支払っていなかったらしい。 ハッハッハ。おっちょこちょいな人達だ。 と思い、人笑いしてやろうと思いながら実家に電話を掛けたところ 『この電話は現在使われておりません。』 と流れるのみである。 おやおや。どうもおふざけが過ぎるぞ。と思い、父方筋のおじさんの家に電話をしてみたところ 『あいつらは、株式投資で失敗して2億ほど借金を作ったらしくて、夜逃げしとるぞ。けんちゃんは知っとるもんだと思ったが。』 と憤怒の化身のような声で告げられた。 そんなもの知らん。 というわけで、早急に学費の50万円と当面の生活費を調達しなければならなくなったのである。 しかし手元にあるのは現金1231円と預金が7万円のみである。 貧乏苦学生を自負する身としては、まだたっぷりと貯金があるなと通帳を見てほくそ笑んでいたところであった。 しかし流れは一通の督促により急激に変わった。 緩やかな流れの川のほとりで恋人とキャッキャウフフとしていたところを急にイグアスの滝の滝底に突き落とされたようなものである。 さて、どうしたものかと思念しながら街をフラフラと歩きながら、ふと路地裏に目をやると 『無利息でお金をお貸しします』 という看板が目に入った。 はて。あんなところにあんな看板などあっただろうか。 あそこは私の行きつけのガチムチメイドカフェであったはずだが。 しかしこれは天恵である。まさにお金を欲してやまないところに、このような看板が目に入るとは神様のお導きに他ならない。 颯爽と軽々しく、だがしかし鎮痛なる面立ちで中へ入ろうか。 ピロリロリロン。ピロリロリン。 どこかで聞いたような入店音がなる。 『いらっしゃいませ。お客様。本日はどういったご用件でご来店でしょうか。』 七三分けのキツネ目で、スーツを着た男が話しかけてきた。 いかにも腹の底が知れなさそうな顔をしている。こういう男に金などを借りようものなら、末代まで借金の取り立てに会うのだろうなと思いながら 『表の看板を見て、お金を借りに来ました。』 と慇懃に答えた。 『左様でございますか。お客様は当社の契約内容についてはご存知でしょうか。』 『利息がつかない。ということは聞き及んでいます。』 聞き及ぶどころかさっき看板で見ただけだ。 『ええ。おっしゃるとおり、利息はつきません。ただ、その代わり担保をいただきます。』 『担保だと。担保とはいわゆる人質のようなものか。』 『ええ。通常だと、金目の物や、土地建物。ということになりますが、当社では【寿命】を担保にいただくことにしております。』 寿命。どうやって寿命を担保にするのであろうか。奇々怪々な言葉に言葉を出せないでいると、キツネ目が続けた。 『我社は特殊な装置で、お客様から寿命の一部をお預かりすることができます。もちろん、きちんと返済して頂ければきっちりお預かりした寿命はお返ししますよ。』 ふむ。いかがわしい話だ。通常なら踵を返してすたこらさっさと退散するところであるが、如何せん俺にはお金がなくて首が回らない状況にある。 しかもよく考えると、こちらに損はないのではないか。利息もかからないし、寿命なぞ本当に取れるかどうか分かったもんじゃないです。 ふむ。やはり株に全力を注いだ我が両親の血が流れているのであろうか。 ここは借りるべきだと判断するに至った。 『それならば、問題はない。当座100万円を借りたいんだが。』 実際は膝の小僧がガクガクブルブルと震えて泣きわめいているのだが、そんなことはお首にもださずに答えた。 キツネ目はニヤリと笑った。気がした。 『承知しました。100万円のお借入れですと、貴方のような若くて、壮健な方であれば寿命10年ほど担保でいただきますがよろしいでしょうか。』 10年。たった10年でよいのか。 10年なぞ90歳と100歳の違いではないか。何処に惜しむ必要がある。かつて110歳まで生きた私の祖父は言っていた。 『長生きしたって金も使えん、女も抱けんそんなら命掛けて金稼いでぽっくり死んだほうが幾分かましや。』 そう言って、死んだ祖父は必死で溜め込んだお金を私の父に株で使い込まれ今に至る。 『問題ない。大丈夫なので借りたいのだが。』 『かしこまりました。それでは、お手続きを勧めたいと思いますので、こちらの装置に頭をハメてもらえますか。』 そう言われて案内されたのは、どでかいペットボトルの先に、長いノズルが付いており、その先端には吸盤のようなものがついた物体の前であった。 ペットボトルの中には白いもやもやが渦巻いている。どうやらこれが【寿命】というものらしい。 私はその吸盤のようなものを頭にハメられて、暫し待つように言われた。 『それではこれからお手続きを始めます。』 カチャン。カチャカチャ。カチャカチャ。 キツネ目はパソコンのキーボードのようなものを叩いているようだが、私からは何をしているのかは全く見えない。 カチャカチャ。タタン。タタン。カチャカチャ。 どうやらキツネ目はキーボードを音を鳴らして叩くタイプの人間らしい。この部屋に同僚がいなくて良かったな。怒られるぞ。と心の中で案ずる。 そんなことを考えていると、少しずつ頭が引っ張られていく感覚がした。 『それでは寿命をいただきます。少し痛いですが我慢をして座っていてください。それではスイッチおおおおおん!』 タタン!タタン! 急にテンションの上がるキツネ目に若干引きく。これからいったい何が起こるのか。 ピー。ピー。ピー。 急に機械が壊れたような音が鳴り出した。 『どうした?』 不穏な音に何が起きたのか尋ねる。 キツネ目は少し悔しそうな顔をした。ように見えた。 『申し訳ありません。お客様は残念ながら当社をご利用できないようです。』 『えっ!なぜたい!』 そんなことがあるのか。今まで貧乏だったが、金を借りたことはないから、ブラックリストなぞに乗ったこともない。 無論今も毎日、サバの缶詰1つで一週間分の飯を食らうような生活であるが全く持って借金なぞしていないクリーン生活である。 キツネ目は残念そうな、それでいて嬉しそうな顔で言う。 『審査の結果、お客様の残りの人生で担保にできる寿命はせいぜい1年程度でした。それならば10万円程度でしたらお貸しできますがいかがしますか・・・』 fin.
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