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「あぁ、お待ちしていました。いらっしゃいませ」
中から現れたのは若い男だった。50歳を目前としている亮介の子どもといっても可笑しくないくらいの年齢だ。
なのに、亮介は彼が自分より随分年上のような錯覚を覚えた。
「どうぞ」
男に促されるまま、店の中に足を踏み入れ、案内されたカウンターの端の席に座る。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
水とメニューを持ってきた男が去ると、亮介はメニューを開いた。
(どうせ仕事なんか見つからないんだ)
3か月前、会社をリストラされた亮介には時間は余るほどあった。最初は支えてくれようとしていた妻にも運悪く、火遊びをしていたことがバレて離婚も秒読みだ。
なにもかも上手くいっていたと思っていた。
大手の会社に入り、順調に出世街道を歩いてきた。部下だった後輩と結婚し、子どもも二人授かった。
家庭を壊さない程度に他の女の子と遊んで、仕事もプライベートも順調だと思っていた。
なのに、こんな風に一度になにもかも失うことになるとは。
思わず自嘲した時に女性の声が飛んできた。
「どれにするの?」
カウンター越しに聞こえた気だるそうな女の声。今まで男しかいないと思っていたため、予想外の声に自分でもびっくりするほど驚いた。
「まだ考えるの?考えたところで答えはかわらない」
「急かしたらダメですよ、千草さん」
千草と呼ばれた女はジロリと男の方に目線をやる。
パッと目を引く美人だった。
年の頃は30歳前後だろうか。大きなつり目がちな瞳と、漆黒を思わせる背中まである豊かな髪の毛の所々に鮮やかな朱色のメッシュが入っているのが印象的な女性だった。
男を睨んでいた千草の顔が亮介の方を向いた。
(瞳が薄い茶色?いや、もっと薄いな)
亮介にはその瞳の色を表す言葉を持ち得ていなかったが、吸い込まれるような瞳の色だった。
「決まった?」
弾かれるように亮介は答えた。
「クリームソーダとホットケーキで」
「それでいいのね」
首がちぎれるかと思うくらい激しく縦に振る。
千草はそんな様子を気に止めることもなく、亮介の顔を瞬きもせずじっと見つめる。
すべてを見透かすような瞳だった。
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