白線の意味

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意味が分からな過ぎて混乱したまま、早一週間。 全く何が何だか状態の忠臣に利桜の態度は別段変わらない。食事も相変わらず作ってくれる、掃除だって完璧、普通に雑談だってしてくれる。 『ムカつくわ』 と、言われたものの、 『出ていけって言ってる訳じゃないから』 見惚れる程の笑顔でそう言われ、反射的に頭を下げたのは結局忠臣の方だ。 けれど、考えれば考える程、正解が分からない。 (…えー…何、何なの?) 家が見つからないで半べそ状態だった時は、あんなに優しく温かい言葉をくれていたのに、何があったらああなるんだろう。 『頑張ったな』 『お前は何も心配しなくていいよ』 幼い頃を思い出すあの声音。 利桜の体温まで蘇る様な、泣きたくなる程懐かしいくて、縋ってしまったと言うのに。 「では、今日はここまで。来週は実習時間があります、ジャージ等を絶対に忘れない様にね」 気付けば授業も終わっている。 ぎっちりと詰まっていた授業内容とは真反対の真っ白なノートに今更ながら気付いた忠臣はさぁーっと顔色を汚い青色へと変えていく。 (やべ…マジ俺何やってんだよ…) あまりに利桜の事ばかりに捉われ過ぎていた。 「下野…ちょ、悪いんだけどさ、ノート見せて…」 本当ならば、この男にこんな頼み事なんて屈辱にも似た感情があるものの、仕方が無い。 あくまでも申し訳なさげに、隣の席の下野に声を掛ければ、笑顔で見せられるノートは驚きの白さ。 「悪い、俺も寝ていた」 いっそ清々しい程のキメ顔のど真ん中を拳で抉ってやりたいくらいの狂気が生まれる忠臣だが、その様子を見ていたクラスメイトの女の子が気を利かせて貸してくれたノートに、それはすっと身を隠してくれた。 「珍しいね、綾くんがノート取ってないとか」 ニコニコとそんな風に言われ、まさか同居人の事ばかり考えていました、なんて言える筈も無い。 曖昧に笑顔を見せ、有難くノートを借りた忠臣とそれに便乗する下野と二人、せっせとノートを書き写す中、背後から聞こえて来たクラスメイトの会話に手を止めた。 「マジでうちの姉ちゃん、しつこいって言うか、根に持つタイプでさー。もう五年前の事だって言うのに、いまだにグチグチ言うんだぜっ、もう嫌になるわっ!」 「五年前ってお前何したの?食いモン系?」 「いやー、うちの姉ちゃん結構ブラコンでさぁ、自分の居る高校に来ると思ってた俺が、黙って違う高校受けたもんだから、合格時に怒り狂って」 「それを未だにグチグチ言われるんだ、ウケる」 「本当、それ」 「でも、それくらいお前の事好きななろうーな、いいなぁ、そう言う姉ちゃんっ、憧れるっ!」 そんな何気ない会話。 「……………」 「ん?どした、綾?」 ピタリと動きを止めた忠臣を下野が怪訝そうに見詰める。 「いや…何でも、無い…」 「じゃ、さっさと写そうぜー」 何を偉そうに、と普段なら唇の一つでも尖らせる忠臣だが、今頭の中に浮かんだ、一つの憶測。 もしかして、そう、あくまでも憶測、想像に過ぎないけれど。 文字を書く手もそぞろになってしまう。 意味も理解せずにただ移すだけの作業になってしまうが、でもそれ以上にドキドキと心臓が煩い。 (利桜くんて…) (十年前の事を、俺が黙って居なくなったことを、) ―――――もしかして、怒っている、? ***** 『何、どうしたんだよ、お前の顔ちょっと気持ち悪いって言いぞ』 『職質顔に言われたくねーんだよ』 下野とそんな会話をしながらも、自分の顔が締まりが無いのを自覚している忠臣は自室で一人ベッドに転がっていた。 (…もし、も、万が一って話だけどさ…) 十年前に忠臣が利桜の前から何も言わずに居なくなってしまった事が原因とするならば、その上こちらに帰って来ても此方から挨拶もせずに過ごしていたから。 (利桜くんがそれで怒ってるとか、なら…) 十年もの間、少しは自分の事を気にしていてくれた事となるではないか。 (待って…めちゃ…嬉しい話なんですけど) 熱を移動させるようにぐりぐりと枕に顔を埋める忠臣の顔は確かに下野の言う通り気持ちの悪いものなのかもしれない。 けれど、もしこの憶測の通りならこんなに嬉しい事は無い。 自分だけでは無かった、少しは利桜も自分の事を考えていてくれたとか、油断すればネチャとした笑みが溢れてしまう。 あくまでも憶測、あまりに期待してもどうなんだよ、と冷静なもう一人の自分の声も聞こえてくるが、此処は一つ掛けたい。 (よし…) ベッドから脚を揺らして反動で起き上がった忠臣は、一階へと。 多分利桜は風呂に入っている筈、声を掛けるならば風呂上がりがいいだろう。 リビングのソファに座り、利桜を待つ。 耳に心臓が、住み着いた様に煩く感じ、鼓動で身体も前後上下に揺れそうな勢いだ。 (や、やばい…死ぬかも、) 緊張から息まで苦しい。 ただ、聞くだけなのに。 そして、受け入れて貰えるなら謝罪したい。 別に告白する訳では無い、落ち着けっ、と自身に言い聞かせる忠臣が目を閉じて始めたのは腹式呼吸。 数回呼吸すれば、少しだけ身体も軽くなったように感じる。
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