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身体を使うよりも、脳を使った方が疲労度が高い。
だから、と言う訳では無いが、風呂上がりにリビングのソファで寝ている忠臣に気付いた利桜は首を傾げた。
どうやら利桜を待つ間に、寝てしまったらしい忠臣だが、自分を待っていたなんて事を知る筈も無い利桜が何故にこんな所で寝ているのか、と純粋な疑問を持つのも当たり前の事。
(マジ寝かよ…)
その顔を覗き込めば、ぷすぷすと寝息を立てる忠臣は、昔の姿のまま。
歳を取った分だけ少し間抜けにも見えるかもしれない。
ふっと口角を柔らかく緩め、このまま寝かせておいてやろうかなんて思うものの、風邪を引かれても後味が悪い。
仕方が無い。
溜め息と共にその肩を揺らす。
「忠臣」
「ん、あぁ…」
「こんな所で寝るなよ、部屋戻ろう」
「んんー…、ぅん」
むずがりながら身体を捻る忠臣の眉間の皺は深い。
「忠臣」
もう一度、名を呼べば、ゆっくりとだが瞼が半分程開かれ、その眼に映る己の姿。
安堵の息を吐く利桜だが、
「りお、くん…?」
舌足らずな声が自分の名を読んだ事にぴたっと動きを止めた。
「…忠臣?どうした?」
(りおくん、とか…)
まるで幼い忠臣から呼ばれた様だ。
懐かしさに思わず苦笑いにも似た笑みを浮かべたが、薄らと眼を開けた忠臣がまた口を開いた。
「話が、あって…待ってた」
「話?」
少しだけ寄る眉根は反射的に。
もしかして同居を解消しようだなんて言うつもりだろうか。
同居が始まり、たった二週間程度。
だが、二週間もあればもしかしたら新居を見つけたのでは?
もしくは友人の誰かにルームシェアでも持ち掛けたのかもしれない。
忠臣ならばあり得る。
こちらが出したヒントにも気付かず、そのまま出て行くとか、昔と変わらないでは無いが、それならそれでいいとも思える。
忠臣と自分は縁が無かった、もしくは薄まってしまったのだと納得出来るかもしれない。
冷静にそんな事を考える灰色の眼が、寝ぼけ眼を擦る忠臣を見下ろすが、
「りおーくん…怒ってる、のかと思ってさ…」
「…何でそう思う訳?」
それが少しだけ見開かれる。
「いや…十年前に俺が黙って…引っ越したから、怒ってるのか、と勝手な想像なんだけど…」
「想像?」
「だって利桜くん、優しいのか、冷たいのか分からんし…」
「お前そう言う話するなら、しっかり起きろよ」
「あー…」
「忠臣」
「………え、?あ、うぉっ!!」
欠伸混じりに顔を上げた忠臣の眼に写ったのは利桜。
しっかりと目の前に居る男の姿を確認すると、映像テキストで使用されそうな、お手本通りに肩を跳ね上がらせ、ついでに脚まで浮かせてくれた。
どうやら半分覚醒しないまま、寝ぼけた状態でずっと会話をしていらしい忠臣の顔色が青くなる。
夢だと勘違いしていたのか、それともきちんと話をしなければと責任感が先走ったのか定かではないが、力が抜けていた状況だから利桜に緊張する事無く問えたのかもしれない。
だからこそ、目が覚めてしまった今、利桜を前にガッチガチに身体を強張らせた忠臣はごくりと喉を上下させた。
「で?俺が怒ってるってお前は思ってるの?」
ローテーブルを挟んだ対になっている目の前のソファに座る利桜は話し合う体勢へと。
「い、いや、その、本当に、あくまで俺の想像っつーか…、気のせいかな、とは…思うんだけど、」
「その通りだけど」
「へ?」
「俺に黙ってとっとと引っ越した事、怒ってるけど」
ーー正解だった。
まさか自分が想像していた通りだったとは。
十年前の事を、自分の事をやっぱり気に掛けていてくれた。
ぶわっと鳥肌を立てる忠臣だが、クイズ番組の様な歓喜溢れる正解では無い。
何故なら、
(怒ってるけど、って…事は、)
現在進行形、ING活用。
「…怒ってたんだ、」
「怒ってた、じゃない、怒ってる」
しかも、言い直される始末に、再び忠臣から不可解な音が漏れた。
「お前さ、考えてもみろよ。可愛がって世話してた子が何も言わずに、引っ越して。親からは『知らなかったの?』とか言われてさ」
長い脚を絡ませる事無く組み替える姿に感心する忠臣はどうやら現実逃避に近い状態らしい。
だが、利桜は止まらない。
「連絡しても、お前は電話にも出ないし、だったらお前から連絡が来るのを待とうって思ったら十年経ってるわ、それも帰って来てるとかも、また人伝に聞かされて」
「…はい」
「偶然会ったかと思えば、男をお持ち帰り中で逃げ出すわ、仕方無いからこっちが折れてまた連絡したんだよ」
止まらない、止まる事がない、止められない。
その上、表情が酷く恐怖しか感じない。
美人が怒ったら怖い、都市伝説だと思っていたが今目の前に。
顔の陰影が映え過ぎている。
「で?家が無くなる状況下だっつーのに、俺が居てもこれまた頼りもしない」
「…は、ぁ」
「俺って何なの?俺を頼れって言ったよなぁ?優しくしても、変に気を遣って眼を逸らすだけでさ」
「いや、だって…」
「しかも俺本人に話を聞かないで、人の話ばっか信用してるのって何?俺、お前にそんな事教えたつもりないよ」
「お、教えた…?」
教えたつもり、とは?
思わず疑問系に言葉を反復した忠臣に利桜の眼が不穏に色付く。
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