ページを捲る早さを知る人

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***** パン生地には、国産の全粒粉を使用。 中に挟んであるベーコンもこだわって九州産の豚を長時間掛けて熟成させたと言う自家製。チーズは畜産農家、野菜も専用の農家と直接契約をしているらしい。 おまけにマヨネーズも一から手作りと来た。 そんな全ての食材、一軍で揃えた当たり合コンの様なサンドイッチを齧る利桜の表情は何ら変わらない。 「……せんぱーい!それ俺が並んで買ってきたんですよーっ!もうちょっと、こう美味しい♡とか、おぉ!!みたいな驚きの表情が欲しいんですけどぉ!!」 「煩いよ、飯の不味さが増幅されるだろ」 「え…旨さが半減でなく…不味さが?増幅?え?」 何言ってんだ、この人。 そう言わんばかりに怪訝そうな表情で自分を見詰める入社二年目の後輩に利桜からは溜め息が洩れる。 「確かに素材一つ一つは旨いけど、相性が悪い。口に入れた時にそれぞれが引き立てて纏まらないと、ただ個性が強すぎてバラバラに感じるな」 「あんたどこの海原〇山?」 至高とか究極とか? 何ポジ狙ってんだよと唇を尖らせる後輩こと、佐野は利桜の会社に入社し二年。 本来のドジっ子がいらんとこで発揮し、度々仕事でケアレスミスを起こす度、フォローと言う名の尻拭いをしてくれる利桜にこうしてたまにランチを年貢として自ら納めると言う関係性。 ちなみに利桜との初対面時にあまりの美形さにどこかの異世界に転生したのかと思ったくらいだったと言う余談付きで、隣に居た案内役の上司を見てここが現実だと安心したと言うある意味強者だ。 「ちぇっ、先輩の分まで買わなきゃ良かったわ」 「買って来いなんて言った事無いだろ」 自分の分のサンドイッチをもしゃもしゃと齧りながら、むぅっと眉間に皺を寄せる佐野も、愛らしく美形に入る顔立ちだ。 ようやっと着られた感の無くなったスーツも彼を引き立たせる素材の一つ。 「だってぇ、これが俺のスタイルなんすよ。借りは作らない、貫きますっ!」 「そんなスタイル、トイレに流してこいよ。それよかミスしない方に力入れて欲しいもんだよね」 それを言われたら、言葉が詰まるらしい佐野の眼がすっと逸らされる。 (この人、本当良いのは顔だけだわー…) あ、腹が立つけれど、スタイルも、だ。 佐野が169センチと小柄な部類に入るとしても、それを優に超える180センチ越えの身長は圧巻とも言える。 (本当になぁ…もう少し優しければ完璧な男なのに) 利桜が聞けば、お前の所為だろうがと、笑顔で壁に顔面をめり込ませそうな愚痴をぼやく佐野は一応これでもこの顔面の愛らしさから今までチヤホヤとされていただけに、自分が不遇でならないと思っているようだ。 「あ、でも」 「何?」 「先輩って最近機嫌良いっすよね」 「…は?」 スマホを弄りながらパンを齧っていた利桜の顔が上がる。 「いやいや、気付いてなかったんですかぁ?先輩朝から不機嫌そうな顔してないし、帰る時だって颯爽と定時上がりしてるじゃないっすか」 「定時上がりなんて当たり前だろう」 「違うんですってー、こうなんっつーのかなぁ、足取りが軽いって言うか、楽しそうって言うか」 「お前じゃあるまいし」 退勤十分前になるとそわそわと小鼻をひくつかせている佐野とは違う。 一緒にしないでほしい。 失敬だと言わんばかりに歪めた顔からは心底勘弁してくれよと声が聞こえてきそうな、それ。 だが、そんな空気にも気付かない佐野は眼をきゅっと見開くとニヤリと笑った。 「あ、あれっすか、恋愛関係ってやつ?」 「さぁ」 ふっと細めた眼を流す仕草は同性から見ても魅了されるのを知っている佐野だが、 「確かに先輩はイケメンですもんねー。まぁ、俺の好みじゃないですけどぉー。つか、俺の彼氏のが絶対カッコいいしっ」 ふんと胸を張り、どこから来たのか、どや顔を見せつける。 「彼氏、ねぇ」 「つい最近四十肩だって騒いでる姿がもう可愛くって可愛くってぇ」 帰ったら湿布張ってあげるんですよぉ~なんて、にへらぁっと緩むその顔は相手の事を思い出しているのだろう。 愛らしい艶やかな頬を赤く染め、うふふっと眼を細める佐野を見遣る利桜は、ふぅんと何ら気にもしていない返事を返すのみ。 「…あ、」 しかし何か思い出したのか、おもむろに弄っていたスマホを取り出すと、画面に映し出された名前と番号をしばらく見つめた利桜は食べ掛けのパンをテーブルへと。 「あれ?電話っすか?」 「うん、ちょっとね」 立ち姿も毎度綺麗な姿勢だ、と思えるのだが、何故だがニコリと笑う姿に悪寒が背中を駆け抜けた佐野はびくっと反射的に背筋を伸ばした。 「お、お気を付けて、」 この笑顔は何かヤバさを感じる。 今迄仕事でミスった時に向けられる笑顔よりも得体の知れない何かを感じると、自分の経験値の高さがこんな風に役立つ事に感謝する佐野は再びもそもそとパンを齧った。 ***** 本屋に立ち寄り、その本を見つけたのは本当に偶然の事。 「あ」 途端に蘇る懐かしさに背中を押され、手に取ってみれば矢張りそれは幼少期、利桜の家でよく読んだお気に入りの本。 主人公が大きな木があったら、そこに自分の部屋を設けて、色んな事をしたいんだと語っていく、とてもワクワクとさせられた本の一つだ。
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