ページを捲る早さを知る人

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(ホットケーキ…食べたかったよなぁ…) 本の中の彼のように木の上にある小屋で小さな椅子とテーブルを用意して、ホットケーキを作って食べてみたい。 その上、たまに散歩に行く公園で手頃な木を見つけては、どうやったらあの木に小屋を建てられるだろうかと真剣に考えたものだ。 幼児らしい安直な思考にふっと思い出し笑いしながら、気付けばその本を手に持ち、レジでお会計。 買ってしまった…しかも意外と絵本が高い事を知ったと言ういらぬ情報までゲットしたが、妙な高揚感と満足感にむふっと肩を持ち上げた。 財布が少し寒々しい感は否めないが、それでも帰ったら読んでみようと久々のワクワク感に足取りも軽く、バイト先へと急いだ。 佐野は機嫌がいいですね、とか何とか言っていたが、そんな言葉全く今の利桜にはふさわしくない。 しっかりと刻まれた眉間の皺の深さと何度目かの溜め息。 鍋を掻き回しながら、少し味を見れば合格点の出来にも拘わらず、それらが収まる事は無い。 (…っとに…無駄に疲れた…) ちなみに舌打ちも今日だけで一年分程量産したかもしれない。 昼過ぎから煩いスマホも定時上がりと同時にすぐに電源を落としてやったが、それでも自分が何らかの設定をしないといけないのかと思うと面倒と同時に『相手』に対する嫌悪が増すと言うもの。 「いい加減にして欲しいよな…」 ぼそっと出る本音は恐ろしい程低く、床を這う。 しかし、ガチャっと聞こえた開錠音。 「ただいま」 リビングの扉が開き、顔を出したのは同居人に利桜はにこりとその唇に三日月を施した。 先程前の不機嫌さ等、全て拡散させたのか、それとも収納したのか。 どちらにしろ、高性能な能力には間違いない。 「おかえり」 「あの、バイト先から果物貰ったから、風呂上りにでも食べてよ」 「へぇ、美味しそうだね」 へらりと笑いながら手に持っていたビニール袋の中身を冷蔵庫へと入れていく忠臣だが、小脇に抱えていた荷物がどさっと床へと落ちた。 「あ、」 「いいよ、俺が拾うよ」 「ご、ごめん」 落とした衝撃か、紙袋から飛び出た中身は、例の絵本。 「…あれ、これ」 じっと表紙を見詰める利桜に、何故だか忠臣の顔が赤く染まっていく。 別に悪い事をした訳でも無いのだが、幼児が好む絵本を成人間近の男が購入したと言う事実。 子供っぽいと思われるだろうか、それとも最悪気持ち悪いと思われるかもしれない。 「あ、あの、それは、」 言い訳も考えつつ、忠臣が口籠もっていると、 「懐かしい。これ、うちにもあったよな」 ふふっと眼を細めて笑う利桜がその絵本を捲った。 「…覚えてる、?」 「勿論」 大きく開かれるのは忠臣の眼と、 「これ、忠臣が好きだった本だよな。一番のお気に入りだったんじゃないの?」 「…あ」 ぽかんとした口。 (お、覚えてくれてる…) 純粋な感動は歓喜へと。 「それ、今日偶然見つけてさっ、俺も懐かしいと思って思わず買っちゃったんだ、」 口早にそう言いながら、はにかむ笑顔に利桜もくすりと表情を緩める。 相変わらず見惚れる、それ。 (ーーう、れしいかも、) 懐かしいと思ったのが自分だけでは無いと言う事に忠臣も力が抜けるのを感じながら、安堵にも似た息を吐いた。 ーー何やら考える様に顎に指をかける利桜には気付かずに。 ーーーその夜、風呂上がりの事だ。 「忠臣」 風呂で乾いた喉を潤そうとキッチンに向かっていた忠臣の足を止めたのは、利桜の声。 どこか、楽し気に聞こえるそれに釣られ、ほいほいと利桜の座っているソファに近づけば、その手にある買って来た絵本が眼に入った。 「読んでたの?」 「いや、読んでやろうと思って」 「は?」 何処かの子供にでも読んでやろうと言うのだろうか。 だったら貸す事に異論は無い。 「いいよ、持ってて」 「え?何処で?」 「ん?誰かの子に読んでやりたいんじゃないの?」 話がイマイチ噛み合わ無い。 首を傾げる忠臣に、ぷっと吹き出した利桜が違う違うと叩いたのは自分の膝。 ーーーーん? 「何か懐かしくなったから、昔みたいに忠臣に読んでやろうと思って」 「……は?」 「おいで」 再び叩かれる利桜の膝と絵本を交互に見遣る忠臣の眼は瞬き一つしない。 な、 「何、言ってんの…?」 いやいや、そんな筈が無いだろう。 え? つまりは、そう言う事? 待て、違う。だってお互いにもういい大人。 混乱が混乱を呼び、ちょっとしたホームパーティー状態の忠臣の脳は必然と身体を後退りさせるも、 「おいで」 活字で表せば、ルビの付いた言葉。 視覚で見れば本気と書いてマジ、小宇宙と書いてコスモ。 聴覚ならば、副音声。 おいで(来い) 考えるよりも先に、流れる様な動きで利桜の座るソファへと回って来た忠臣はその膝の間に身体を埋めた。 「膝に座らないの?」 いや、やめて下さいよ、無理言わないでよ。 幼い頃の体格ならまだしも、これでも176センチの筋肉質体系。 それをおいそれと、人の膝に、ましてや利桜の膝になんて恐れ多過ぎる。世が世ならば、大罪、打ち首ものだ。 「勘弁して…」 絞り出された幼馴染の震える声に仕方無いと肩を竦めた利桜は目の前にある肩に顎を乗せ、腕は忠臣の腰の間から回し、背と自分の胸を密着させると、早速ページに指を掛けた。
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