ページを捲る早さを知る人

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(これは…) 傍から見たら一体どう言う絵面になっているのだろうか。 利桜のずば抜けた顔面とスタイルがあるからこそ、見れる構図ではあるかもしれないが、例えばこれが、忠臣と下野だったならばただの地獄絵図ではないのだろうか。 居た堪れない羞恥心と罪悪感。 自然と背中が丸くなるも、ぴたりと当てられた利桜の贅肉のぜの字も皆無な胸と腹に拒まれ、結局猫背程度に。 身長差があるとはいえ、大きく違うのは足の長さ。 それでも余裕ですっぽりと自分の身体を包み込める利桜に頭がバグりそうになってしまう。 しかも、ちゃんと朗読スタイルを貫く利桜の声は幼い時は頭上から聞こえていたが、互いに成長した今はそれが耳を霞める。 密着した背中から感じる体温は、安心感のある心地良かった当時とは違い、どくんどくんと心臓が尋常じゃない動きをしている様で、安心どころではない、むしろ生命の危機さえ感じる忠臣の息は浅い。 (いや、これって…利桜くんにも…伝わってんじゃね?) これはこれで、また恥ずかしい。 ひぃぃぃっと肩を竦め、眼にはじわりと涙が溜まりそうになる。 だが、淡々とした声音はどこまでも穏やか。 利桜自身、気付いていないのか、気にもしていないのか。 恐らく後者。 (余計に恥ずかしいじゃんかよ…) 意識するのはこちらばかりに、はぁっと洩れる溜め息はこっそりと。 話も何も入ってこないのに、もう話は中盤を超え、四分の三程まで進んでいる。 兎に角何か他の事に集中すべきだと、眼に入る利桜の指を見詰めた。 細くて長い、少しだけ節ばった指の先には変わっていない挿絵。 独特なイラストは細い主線と、暖かみのある色合い。 動物達も生き生きと描かれたそれに、ようやっと忠臣も落ち着きを取り戻したのか、肩を竦めたまま、動きを止めた。 (…今、見ても面白いな……) 大まかな話の筋は覚えていたが、主人公の仕草や四季それぞれの季節感を表す文章。それが利桜の声に乗って、さらりと伝わってくる。 いつの間にかしっかりと集中し、もっと言えば身体は少し前のめりに。 後ろから回された利桜の片腕は忠臣の腹に当てられているが、それにも気付かないくらい絵本に視線を送り続け、最後の一文を読み終えると、小さく息を吐いた。 「面白かった?」 絵本を閉じた利桜からそれと受け取り表紙をまじまじと眺める忠臣はそう問い掛ける声に素直に頷く。 「…面白い、やっぱ好きだなぁ…」 「え?」 「いい作品って大人になっても、いいな、って」 「あぁ、なるほどね」 改めて購入して良かった。 しみじみ思いながら立ち上がろうとした忠臣だが、ぐっと腹に込められた力にほんの少しだけ浮いた尻が再びソファへと下ろされる。 「………何?」 「いや、ちょっと充電」 ようやく、今更気付いた腹にある利桜の手に込められた力は忠臣の動きを抑制するもの。 (何…?) どう言う事? 自分は何か電気的なものを発しているのだろうか。 うなぎとか? それとも、利桜が充電式なのだろうか。 元々人間離れした『美』を持っていると思っていたが、本当に人間ではない? だったら、納得、 (出来る訳ねーだろっ!!) 現実逃避にも程がある。 今置かれている状況に忠臣の脳内はパニック状態だ。 しっかりと背後から回された腕。 背中にぺたりと張り付いた利桜の身体と頸にも顔を当てているのか、肌を吐息が擽る。 (な、何だ、これ…?) 強張った身体は動かせず、ただまんじりと停止したまま、脳の動きも止まりそうになる。 が、しかしだ。 「まだ子供体温だよな。昔を思い出して、癒されるわ」 ーーーー癒される? 利桜の声にはっと見開かれる眼。 つまりこれは癒しを求める行為。 仕事に家事と、学生の忠臣には分からない日々の疲労を今、癒していると? (はーん…) 見上げるは斜め上。 しばし、眉根を寄せ考える事数秒。 (これって、もしかして…) ーー役得じゃね? ピコンと出た答えに忠臣の眼が輝く。 つまりは今利桜は疲れを自分の子供体温で懐かしさを思い出し癒している。 それは、今現在自分だけにしか出来ない事と言う事。 だったら、 (あ、甘んじるしか…ない、よな?) 仕方が無い、うん、だって仕方が無い事だ。 そう、自分にしか出来ない事なのだから。 至極ごもっともだと一人心の中で大きく頷く忠臣だが、ニヤける口元が引くつく。 まさか、こんな風に抱きしめられるなんて想像もしていなかったのだから仕方が無い。 抱えているものが恋心なのだから、尚更。 皮膚を突き破って出てくるのでは、と思っていた心臓も今はドキドキと忙しない動きをしているが、過激な物ではない。 どちからといえば、きゅん、と言った可愛らしいもの。 (やばー…やばいー…) 幸せ、かも。 ほわりと色づく頬をみられなくて良かった。 背後ではすーっと何やら吸われている音がするが、もう何をされてもいいと思える。 「り、利桜くん、大丈夫?」 「うん、」 「そ、そっか」 やっぱり、本を買って良かった。 ページを捲る間だけの時間だけでなく、こうした役得まで得られるとは。 ふふっと眼を細める忠臣は腹にある利桜の手に自分の掌をちゃっかりと乗せた。
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