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金曜日、目覚めてすぐにぱちりと瞬きを一つ。
(すっきり…してる…)
窓の隙間から薄く入り込む光に誘われ、カーテンを開けると本日快晴。
妙に高揚する気分に利桜は、ふっと口角を上げる。
やたらと身体も軽い、この爽快にも似た気分。
明日は休みだと言うのもあり、少し浮き足立っているのかもしれない。
スマホで時間を確認すれば、もうすぐ七時と言う時間と、その他に何も通知が来ていない事にうっそりと笑った。
余計な手間ではあったが連絡先もブロック消去済みなのが功を奏したらしい。
クソ程面倒な『相手』だったな、と嘯きながら一階へと降り、洗顔等を終わらせリビングへと入れば、また気付いた、テーブルにある弁当箱。
今日は一つだけなのか、と、キッチンへと眼を向けれ水筒に麦茶を注ぐ後ろ姿に利桜はそっと近付くと、『おはよう』と声を掛ける。
「えっ、う、わっ、!」
背後からの急な声。
驚きにびくっと落としそうになる水筒だが、それをキャッチしてくれたのは脇の下から伸びた手の持ち主の利桜だ。
「り、おうくん…」
「びっくりさせた?ごめん」
振り向いた先にある眩い笑顔に忠臣の頬が引き攣るも、
「おはよ…」
挨拶はしっかりと。
「今日も弁当なんだ」
キャッチした水筒を忠臣に渡しながら、くすくすと笑う利桜は何処となく楽しそうだ。ムスっと唇を尖らせていた忠臣だが、受け取った水筒の蓋を閉めながら頷く。
「今日まで実習だから」
「へぇ」
バックパックに弁当と水筒を詰める忠臣の隣で自分も朝食をと準備する利桜がふとラップが掛けてある皿に眼を留めた。
「何、これ」
「あぁ、それ残った弁当のおかず」
「どうすんの?」
「帰ったら食おうかな、って」
意外と作り過ぎた握り飯を食べてしまった所為で腹が満たされた忠臣が腹を摩る。
ラップ越しに見えるそれは、卵焼き、ウィンナー、豚肉の炒めた物。
食パンを焼く中、その皿を見詰める利桜がぼそりと口を開いた。
「お前、今日もすぐ出るの?」
「え?いや、30分後くらいに出ればいいかな」
それまでコーヒーでも飲んでゆっくりして、と続けようと思っていた利桜の前に掲げられたのは弁当箱。
「…何、これ」
「弁当箱」
「見りゃ分かるよ」
視力1.5とか関係無い。
訝しげに首を傾げる忠臣に笑う声が聞こえる。
「この残り、俺に頂戴」
出会った当初から思っていたが、遠目で見ても分かる程の美貌は相変わらず。
もうアラフィフだからぁ、なんて本人は言っていたがそんなの言われても信用出来ない程だ。
「そうなのよ、利桜が偶然再会したらしくてねぇ」
ワイドパンツに小花柄のブラウス。
ふふふっと笑いながら首を傾げる様はまるで少女の様だが、これで二十代の子が居るのだから恐ろしい。
羨ましい、なんて、こっそり思いつつ、美保はアイスコーヒーの入ったグラスをストローでくるりくりると回す。
ランチでもどう?と誘われ、久々に楽しい二人での時間。
ウキウキと心弾ませていた美保も我が息子忠臣の話題に長めの溜め息を吐いた。
「いや、でも、本当有難うねぇ。まさか利桜くんが一緒に住んでくれるとか、想像もしなかったわ〜」
家に帰って来れば良かったのに、あの子ったら。
と、愚痴は止まらない。
「利桜が言い出したみたいだから気にしないで。放って置けなかったみたいだし」
「そう?利桜くんってば本当相変わらず面倒見が良いって言うか、」
そこまで言って、はっと思い出した様に顔を上げる美保の身体は前のめりに。
「ちょ、そう言えば、利桜くんて同棲してたのよね!?やだ、あの子ったらお邪魔じゃないのよっ」
何時ぞやに朋美から聞いていた利桜の近況。その通りならば、息子は馬から蹴られても可笑しくは無い存在では無いか。
すっかり失念していた為、今更慌てる美保だが、それに今度は朋美がはぁ…っと息を吐く。
「そ、それがね…どうも同棲はしてなかったみたいで…」
勘違いだったみたい…っと額を押さえた朋美の説明は美保の眼を丸くさせた。
「はぁ?じゃ、何、当時利桜くんの彼女だった人が勝手に同棲してる、って言ってた訳?」
「そうなのよ。私が利桜に電話した時、どうやら勝手にその場に居なかった利桜のスマホを取って、『同棲してる彼女です』って名乗ったらしくて…」
「何それ…怖ぁ…」
うわぁ…っと美保の顔が歪む。
「本当に…『結婚も考えてるんですぅ』って言うから…私ったらすっかり騙されちゃったわ」
唇を尖らせる朋美にその説明があったのはつい先日。
「その彼女に利桜が問い詰めたら、白状してくれたみたい」
「なるほどねぇー。そりゃ騙されるわ」
「今迄利桜の彼女でご挨拶とかしてくれる子居なかったから、私もちょっと早とちりしちゃって…反省だわ」
「うちの子も変な女に引っかからなきゃいいけどねぇ…」
「ふふ、お互いに子供の悩みなんて幾つになっても尽きないものよね」
「そうねぇ。やっぱり子供には良い相手であって欲しいって思っちゃうしね」
くすくすと笑い合う母二人。
何だかんだと子供の事は、大なり小なり気になる所はあるもの。
けれど、溜め息も束の間。
アフターに頼んだケーキがテーブルに運ばれるなり、今までの溜め息等何処へやら、二人は華やかな声が上げ、そちらに夢中になるのだった。
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