ページを捲る早さを知る人

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本日のランチは最近お気に入りのカフェでテイクアウトとして作って貰った野菜サラダにロコモコ。 肉汁たっぷりのハンバーグとソースが溜まらなく美味で、野菜サラダもシャキシャキにこれまたドレッシングが最高だ。 外回りの帰りに購入したそれら。 楽しみにしていた昼休憩になり、早速ほくほくと休憩室の扉を開けた佐野は先にテーブルで保冷バックから弁当を取り出す利桜にくりっと大きい眼を動かした。 「え、先輩珍しいね、弁当?」 「まぁね」 しかもどうやら手作りらしい。 黒い弁当は市販のもの。 えぇー…っと、野次馬根性も逞しい佐野は椅子を引き寄せると利桜の前に腰を下ろした。 この会社に入社して二年程ではあるが、この男が弁当を持って来た事等一度も無い。 (つーか、似合わない…) 一体誰が作ったのか、どんな中身なのかも気になる所だ。 実際見た事は無いが、噂ではかなり綺麗な女性と歩いていただとかの話もある。 そんな相手に作って貰った弁当とは? 興味津々にぱかりと開けられたそれを横目で見遣る佐野だが、 ――――あ? その動きが一瞬にして止まった。 「……何すか、それ…」 絞り出される様な声に、何言っているんだと言わんばかりの利桜からの呆れま眼を向けられるも、佐野の眼は弁当から動かない。 「だから弁当だって」 「いや、そうじゃなくて、」 ――何、その貧乏飯みたいな弁当…。 不意に口を吐いて出そうになった言葉だが、あまりにディスりが過ぎる。流石に社会人二年目、いや、人間として如何なものかと両手で口を押えた佐野に今度は怪訝そうな利桜の視線が飛ぶが、それもすぐに逸らされた。 いただきます、と聞こえた声にも驚愕する。 「…あの、」 「何?」 その弁当に文句は無いんですか…? いや、これもどうだろう。 問う勇気の無さに悶々とする佐野は、楽しみにしていたランチも他所にその視線は利桜へと注がれる。 そんな佐野の注目を集める、弁当の中身と言えば。 若干焦げたウィンナーに、卵焼きは切れっぱなしの部位もある。 そして茶色く染まった、炒めたと思われる豚肉と玉ねぎ。 それらの隣に白米がどんとあるのみ。 バランス?何それ。 色合い?何、関係ある? そんな疑問だけがぎっちりと隙間なく詰められた弁当を何ら疑問も持たずに黙々と口へと運ぶ利桜がふっと顔を上げた。 「あ、これ…生姜焼きだったんだ…」 豚肉の事を言っているらしい。 「へぇ…」 どんだけ家事初心者女子とお付き合いしているのだろう。 利桜ならば、そんな女性じゃなくとも選り取り見取りだろうに。 何に惹かれて弁当を作ってもらうまでに至ったのか、気になる部分は膨らむばかりの佐野は、少しだけその疑問を軽くしたい衝動に駆られたらしい。 「あ、あの、先輩」 「だから何?」 「…………美味しい?」 話し掛けたにも拘わらず、見向きもしない利桜へと、やっと掛けた言葉がこれだ。 「うん、旨いよ」 ふふっと口角を上げた男に、その後佐野は何も話しかる事も出来ず、ただロコモコを何の味も感じずに食べたと言う…。 ***** 同刻、ぐったりと午前中だけで一抱えある疲労を背に乗せたかの様な猫背の忠臣のスマホからピコンと軽快な音が流れる。 「なんだ…?」 実習最後の日に相応しい疲労感。 隣でおろろんと嘆きながら、アンパンを齧る下野は午後からクラスの代表として発表が待っていたりする。 (ご苦労なこった、なんてね) そんな中、スマホを確認する忠臣の疲れて半分程しか開いていなかった眼がぐわりと見開かれた。 【弁当ありがとう。お礼に夕飯を御馳走するから、終わったら連絡して】 「え、え、ええぇぇ…え、」 途端に死んでいた眼にハイライトが宿り、キラキラとした感情が流れ込む。 色々と情報過多の中、一番追いつけないこのお誘い。 忠臣の猫背がすぅっと真っ直ぐに伸びていくのを隣に居た下野が気付くなり、びくっと身体を跳ねあがらせたが、当の本人はスマホを見詰め何やらぽちぽちと返信を開始。 【いいよ、お礼なんて。気を遣わないで、】 (いや、これじゃ…あれか、余計なお世話だって言ってるみたいだよな…) 【良かった、お礼とかいいのに】 (行きたくないって思われるかも…) あれやこれやと、たった数行の返信を返すのに、何分使うつもりなのか。すっかり婚活女子の如く、メッセージの返信に気を遣う忠臣はようやく納得のいく返信を送った。 【こちらこそ。マジでいいの?有難うございます、また連絡します】 メールになると何故か敬語を使うあるあるをあるあるする凡人の男を地で行く忠臣だが、すぐに既読の付いたそれにどきりと胸を鳴らす。 両手でしっかりとスマホを握りしめる姿は、隣の下野曰く、ちょっとキモい、らしいが同級生からの評価等知った事では無い。好きでもない相手から『ちょっと無いわぁ』と言われるくらいどうでもいい。 むしろバットで打ち返してやりたいくらいの心持を培っている忠臣は、だらしなく緩みそうな顔の筋肉を何とか震えながらも保つ。 (すげー楽しみ…) あんな切れっぱしのようなおかずの寄せ集めの弁当が、外食に変わるとか。 どんなわらしべ長者よりもすぐに天辺に辿り着いた。 そんな多幸感に午後からも頑張れそうだと見上げた先の空は青い――。
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