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だが、そんな冷たい声を浴びせられた本人と言えば、何ら聞いていないのか、掴んだ利桜の腕を離す事は無い。
「利桜、本当にごめんなさいっ、でも、私不安だったのよっ!」
謝罪混じりのその声は震えている。
一体何がこの二人の間に起こったのか、微塵も理解出来ない忠臣だが、この女性が色んな意味で不安定なのは見て分かる事。
呼吸も浅いのか、肩で息をしている様に、過呼吸にならなきゃいいけど、なんて見当違いな心配をしてまう程。
しかし、だ。
利桜とこの女性の関係性、それらを考慮したうえでの、この目の前の遣り取り。
(これって、所謂…)
修羅場、と呼ばれるものでは?
脳内に浮かび上がる答えは、忠臣の頬を引き攣らせるには十分。
(…まじかよ)
経験した事もなければ、見るのも初めて。
しかも、それが利桜とその恋人、とは。
どういう感情を持って、どう行動したらいいのか分からない。取り合えず、一歩程後ずさりした忠臣だったが、
「何、こんな所まで来ても迷惑なんだけど。やめてくんない?」
「で、でもっ、利桜が私の連絡全部ブロックしてるから、」
「ブロックしてるって事は関わり合いになりたくないって事だよ。それも分かんないのかよ」
「話だけでも聞いて欲しいのっ」
「何お前。虚言の次はストーカーとか、マジ有り得ない」
――――………ぉぉー…
(これ…マジで恋人同士の、会話…?)
自分に言われた訳でも無いのに、利桜の抑揚の無い淡々とした、無機質な声に心臓がひやりと浮き上がるのを感じる。
さっきまでの浮足立った感覚とは全く違うそれに、蒼褪めたのは忠臣の方。
流れ出る汗は明らかに冷や汗、じわりとバックパックを握りしめる手にも溜まるそれだが、
「私だって焦ってたの、もう三十だし、周りは皆結婚していくし、だから、」
「だから人が居ない間に勝手にスマホでて母親に虚偽の挨拶した訳?気持ち悪い」
「だって…だって…っ!」
「大体俺最初に言ったよな。ただの男女としてのお付き合い、結婚とか考えてない、それでもいいか、って。承諾したのはあんただよ」
続く会話にパワーワードが多すぎる。
思わず言葉の端々を抜き取り、脳内でつなぎ合わせる忠臣は何となくだが、この二人の今現在の関係を察する事が出来た。
(もしかして…だけど、)
この女性が、利桜の同棲相手、だったのでは…。
だったら、これは二人のプライベートな問題。
そこに自分がこんな風に伝って立ち聞きしていい話ではない筈だ。きちんと話をする時間が必要なのかもしれない。
今日の予定が無くなっても仕方が無い事なのだろう。
俯きざまにこっそりと溜め息を吐き、二人から少しずつ距離を取るべく、後ずさりした忠臣だが、ふっと身体に陰った影が足元まで覆う。
「忠臣、行くよ」
「へ、え?」
見上げた先はしがみ付いていた女の手を振り払い、代わりに忠臣の腕を鷲掴みする利桜。
半ば無理矢理に引っ張られ、長さも無い脚がもつれそうになる忠臣はちらりと背後を見遣った。
綺麗に取り繕っていたであろう顔は、ぐしゃぐしゃに涙にまみれ、睨み付けているかのような眼がかち合う。
口元が『りおう』と動いた気がするが、それが聞こえる筈も無く、いや、聞こえていたとしても利桜が振り返る事も立ち止まる事も無いだろう。
痛い程の力を感じる自分の腕を掴む利桜の手を見詰めながら、こちらの方が居た堪れない気持ちになるのはどうしてだろうかと、眉根を寄せる忠臣だった。
******
まぁ、予想はしていたが――――。
「ごめんな、忠臣。胸糞悪いモノ見せて」
「俺は、大丈夫だけど、」
利桜のお気に入りだと言う、『ラフに食べれる』が売りのフランス料理店にて、一通りの説明を聞きたい訳じゃないのに聞かされた忠臣は、出された前菜を食べながら気遣いの笑みを浮かべるも、引き攣っているのではないかと気が気ではない。
魚介と野菜、チーズのテリーヌだとか言うものらしいが、味も分からない。でも、それを勿体無いなんて思っている余裕も無い。
勿論先程の修羅場に忠臣が動揺している事に気付いていない筈も無い利桜と言えば、ふふっと眼を細めてワインを傾ける。
「まさか職場まで来るとはね」
「へ、え…」
「どうりで別れる時にしつこかった訳だよ」
割り切った付き合いだったのにな。
独り言の様に呟く利桜の冷笑。
(でも、)
あの女性は、元は利桜の恋人。
同棲は嘘だったにしろ、本当に利桜と結婚したいと思っていたのだろう。それ故に暴走し、勝手に朋美に同棲している、結婚前提に付き合っている等と言ってしまったのだ。
嘘から出た誠でも狙っていたのかもしれない。
つまりは、それくらい好きだったと言う事。
(割り切れなかったんだろうなぁ…まぁ、)
ちらっと見上げた先にある綺麗な顔。
(―――気持ちは分かるけど)
色々と焦った結果、それが今更バレて利桜から一喝され、その後全ての連絡先をブロックされた、とか。
彼女なりに言い分もあったのだろうが、結局ストーカー扱いされて終了なんて笑えない。
けれど、忠臣の中で浮かび上がる疑問が一つ。
(あんな美人でも、ダメなのかー…)
思わずじぃっと利桜を見詰めれば、あまりに意味ありげに見過ぎたのか、ぱちっと眼が合う。
「何?」
「あ、いや、」
「言いたい事あるならいいなよ」
「えっと、その、美人な人だったな、って」
反射的に出た言葉はただの感想。
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