ページを捲る早さを知る人

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咄嗟に出た言葉だが、それに微妙な表情を見せる利桜からの溜め息は重い。 「ああ言うのがタイプ?」 「あ、いや、そう言う訳じゃないけどさ」 「忠臣、顔だけで女を選ぶなよ。あんな地雷も居るんだから」 「……そうだね」 多分それって、あちらも思ってる事だと思う。 とは、流石に言えない。 けれど、女性側から見たらそう思ってもおかしく無い男ではあるが、これが惚れた弱みと言うものなのか、それとも幼い頃の優しい利桜がそのまま自分に接してくれている贔屓目なのか、 (利桜くんは…うん、仕方ない) 何が仕方無いのか、謎の納得にこっそりと頷く忠臣は取り敢えず食事に集中する事にした。 「美味しい?」 「うん」 衝撃的な出来事ではあったが、これで利桜に幻滅する事も嫌いになる事も絶対に無いのだから。 そんな幼馴染から、 「そう言えば、忠臣は付き合ってる子居ないの?」 「ーーーっ、え、あ、うん…」 若干アルコールが入ったからなのか、普段は聞かれないプライベートな上にデリケートな質問。 スープを噴き出さなかった自分を最上級に褒めてやりたい。 ぐびりと鳴った不可解な喉の音が利桜に聞こえなかっただろうかと一瞬不安が過ったものの、そっかーと微笑む利桜にほっと胸を撫で下ろした。 「何、いきなり…」 「いや、あまりそう言った影も見えないから、どうなのかな、って」 まぁ、そうでしょうね。 利桜に好意を抱いている云々の前にそんなにモテる男でも無い上に、正直ガツガツする程の性欲もそこまではない。 勿論全然溜まらないかと言われたら嘘になるが、普段はそこは利桜に気付かれぬ様コソッと済ませている。 専ら風呂場にて致している行為は、最近では声を大にしては言えない箇所までも、使用して。 最初は指一本挿れるのも躊躇い、数時間掛かったものだが、今では割とすんなりと受け入れる様になった、その場所。 (……俺、戻れるんのかな…) 遠い眼と乾いた笑い。 そんな忠臣をどう解釈したのか、探る様な眼で見詰める利桜は、ふと唇を動かした。 「何、もしかして好きな人は居る感じ?」 変な所鋭いのは一体何だ。 しかも首まで傾げて何、萌え殺す気? 熱意だけは燃える程ありますけど。 そんな事を真顔で黙考する忠臣は当たり前だが口に出す事は無く、きちんと理性が働いてくれたのだが、自然と動いてしまったのは、首。 こくり、と頷いてしまった事に一番驚愕したのは忠臣だ。 頷き、伏せた顔は驚愕に眼を見開き、身体も動きを止めた。 (や、べ…、) 一瞬にして思考も停止。 背中にひやりとした汗が浮き上がるが、 「…は?」 それ以上に冷たい声にびくりと忠臣の肩が跳ねた。 「…何、忠臣お前好きなヤツいるの?」 「えっと、す、きって言うか、あの、どうこうなりたいとか、いや、ちょっと待って、」 かああああっと途端に顔に集まる熱。 今更だが、何故頷いてしまったのかなんて考えている場合では無い。 どうにか誤魔化そうと思案するも、一度止まった思考が上手く動かない上に、唇までも思った通りに動いてくれない感覚に、あたふたと眼を泳がせるだけ。 しかし、いや、待てよ、と鈍くなった脳内に浮かんだ余計な事。 (まぁ…俺に幼馴染以上の感情が無いのはどう見たって分かるけど) ーーーまぁ、俺は人のセクシャリティをどうこうは言わないから。 利桜自身もそう言っていたではないか。 後で考えれば何故『そんな事』を思いつてしまったのか自分自身頭を壁に打ち付けても不可解極まり無いが、鴨肉だと言うローストされた運ばれた肉の食欲をそそる匂いの所為かもしれない。 「好きな人は、居るんだけど、絶対無理って言うか、」 「無理?何で?もしかして人妻?」 「まさか」 「何だ。バイト先のパートのおばちゃんかと思ったじゃん」 それは無理。 こう言ってしまったらパート先の奥様方に失礼だが、一度万引き犯をラグビー部顔負けのタックルで取り押さえ、勝利の雄叫びを挙げていた彼女達にビビって忠臣自身何も出来なかったのは記憶に新しい。 いや、そこじゃない。 ふるふると首を小さく振る忠臣はチラリと利桜を見上げた。 美味しそうな鴨肉と好きな相手。 そう、感情が混同してしまったのかもしれない。 「お、とこ、だって言ったら、どうする?」 「ーーーーへ?」 ワインを飲んでいた利桜の手が止まる。 見た事も無い、くるりと大きくなった灰色の眼。 そこに映る忠臣は不安気ではあるが、しっかりと利桜を見据えていた。 「男、な訳?」 「だったら、どうするよ」 思いの外声も震える事無く、淡々と声が出る事に心の中で感嘆の声をあげる忠臣はようやっと目の前の肉を一口。 ほろりと溶けそうなくらいに柔らかく、美味なそれ。 「…まぁ、驚いたけど、そっか、って感じ?」 「言っとくけど…ゲイじゃないから」 「は?」 「…その人、限定って言うか…、つか、普通に女好きになって、付き合ってた頃もあったし、俺」 こうなったらヤケだと思ったかどうかは定かで無いが、淡々と会話をする忠臣はふんっと鼻息も荒い。 緊張も程よく解けたのは、利桜から嫌悪感等が感じ取れないからだ。
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