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(嫌悪は無い、けども…)
きっと利桜の返答でこの恋もあっさりとこの場で終わってしまうのだろう。
いや、もとより何ら報われる事の無い幼い時からの感情。
ただ、ほんの少しだけ、あの時期待した様に寂しそうに笑ってくれるならいいな、と思ってしまうのはエゴだろか。
『懐いていた弟が他の男に取られるかも』
それ位はあってもいいのでは、
「俺の後輩がゲイなんだよな」
「………」
ーーーーーん?
「しかもオジ専らしくて、湿布臭が好きで少し出た腹がたまらない、勃つか勃たないかくらいのギリギリの感じが可愛いんだと」
「………………へー…それは、それは」
上には上がいるよ、とでも言いたいの?
いやでも土俵が違うくらいは理解して欲しいところだが、弁明でも出来ない忠臣は頷くだけに甘んじるしかない。
だって、利桜が真顔だからーーー。
「だから、まぁ…、忠臣もこだわった性癖だとか、好みは無い、よな」
「……………うん」
気にするところがそこ?
ツッコミが追いつかないし、捌き切れない。
「そっか、じゃ上手くいくといいな」
でも、分かった事がある。
「あー…、うん」
(…肉、まじで旨い…)
そして、
ーーーこりゃ駄目だ。
*****
「ねぇ、ちょっと綾くん、どう思う?」
「あー…あれ、ね」
「この間から何かぼーっとしてるって言うか、ミスが多いって言うかねぇ」
「昨日なんてお客さんに『チーズ何処にあります?』って聞かれて、いぶりがっこ教えてたしねぇ」
「ある意味ニアミスっ!!」
こそこそとそんな事を語り合うパートの主婦達の視線の先にあるのは、溜め息を吐く休憩中の青年。
自分達の子供と同じくらいの年齢ではあるが、物腰の柔らかい対応と愛想の良さ、地味ながらも中々良い身体をしていると、彼の知らぬところで奥様方のアイドルの様な扱いを受けていたりするのだが、そんな彼はまた今日何度目かの溜め息が深呼吸かの様に長く吐かれる。
「…やっぱり、あれじゃない」
「そうよね、この間は浮かれてたしね…」
「うわー、やっぱ振られたんかなぁ、可哀想ぅ」
「ちょっと、声大きいわよ、もうちょっと気を遣ってやりなさいよっ」
「同居人と食事なんて言ってたけど、告白して玉砕されたか、振られたかのどっちかね、あれは」
「だろうねぇ」
こんな会話が繰り広げられている等と知る由も無い忠臣は何とか今日はミスする事も無く、妙に生暖かい視線と『これ、持って帰りなさいっ!兎に角食べなさいっ』と持たされた惣菜のアジフライを片手にバイト先を後にした。
「はぁ…」
また洩れる溜め息はもう殆ど無意識。
だが、どれだけ吐いたとしても心のモヤモヤまでもが出て行く筈も無く足取りも重い。
(側から見ても俺って痛々しいわ)
勝手に告白して勝手に振られた、そんな気分が惨め過ぎる。
同性が好きだと言う事に露骨に嫌な顔をされた訳では無い。あれから利桜の態度も何一つ変わらない。
そこはセーフ。
けれど、そこに彼の感情は何も無いのは詳しく聞くまでもなくアウト。
いや、むしろどうでもいい事なのだ。
利桜にとって忠臣は本当にただの幼馴染、それ以上にも以下にもなれない。
十歳の時に理解していた筈なのに、二十歳を前にしてまた分からせられたと言うこの結果。
(痛いわー…)
胸もやった事に対しても。
その一言に尽きる。
持たされたアジフライすらも重く感じる忠臣の肩はサスペンダー殺し。
ついでに先程スマホに入っていたメッセージは、
【今日は会社の人間と飲むから少し遅くなる】
との事。
帰っても利桜が居ない。
一人寂しい夕食になるのが決まってしまった。
(折角もらったけどなぁ)
絶対に余るであろうアジフライをどうしようかと思案も始まる中、眼に付いたコンビニへ自然と忠臣の足が向かう。
すっかり暗くなってしまった帰路。弱った心に入り込む様なコンビニの灯りに惹かれてしまったのかもしれない。
別に何を買おうと決めている訳でも無く、ぶらりと中を見回り、手に取ったのはコンビニ限定のスイーツ。
無償に甘い物が食べたい。
そんな衝動に動かされ、レジへとそれを持ち、財布を取り出した。
(これ食って…まったりしよ)
しかし、
「…忠臣?」
「え?」
コンビニのカードを手に、忠臣は声の方へと目線を上げれば、目の前にはコンビニ店員。
茶髪にコンビニの制服を着た若い店員は忠臣と同じくらいの年だろうか。
身長も差ほど変わらないが、大きく違う所と言えば、その顔面偏差値。
合コンに行けば一発お持ち帰り成功するであろう顔はこのコンビニもこの店員目当てに女の客も少なくはないだろうな、でも利桜のがイケメンだけど、と一瞬でそんな事を思った忠臣に、その店員は興奮した様にカウンター越し、身を乗り出した。
「お、お前、忠臣じゃねーのっ!!」
「は?は、な、何?」
その上がっちりとカードを持つ手を握られ、忠臣はぎょっと眼を見開くも、ふと眼に留まったのはその店員の胸元。
名札にある名が岡本志恩、とある。
(……おかもと、しおん?)
はて?と、首を傾げそうになったが、その瞬間ぶわっと脳内の奥から取り出された記憶がパズルの様に並べられていく。
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