悪くは無い

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次の日、朝起きてみれば既にもう利桜は居なかった。 テーブルの上には、【急遽仕事が入ったから出てくる】と書かれた白い紙。 (利桜くん仕事か…) カレンダー通りの休みのある仕事らしいが、たまにこうして早朝から出て行く利桜と朝会えない休日も少なくは無い。 けれど挨拶くらいはしたかった。 ふぅっと息を吐き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した忠臣がそれに口付けていると不意にズボンの尻ポケットに入っていたスマホが震える。 画面を確認すれば、7:50と時刻の記載されたその下にあるメッセージアプリの通知。 【志恩】と名前が表記され、【10時からどう?】とある。 本当に早めに帰宅し、万全に備えたのかもしれない。予想以上に早い連絡にぷっと噴き出しながら、【おはよ、了解】と打ち込めばすぐに、【おはよっ】と返してくる辺り、律儀な奴だと空になったペットボトルをゴミ箱へと放った。 待ち合せ先は近くのコンビニ。 互いの家が近いのならと、中間地にあるそこに向かった忠臣は早速自分を見つけて嬉しそうに手を振る志恩の方へと足を速める。 「早かったな」 そう笑い掛ければ、まるで子供が自慢気に胸を張り、えっへんと言う様に志恩が笑った。 「だって、お前と話すのも久しぶりだったしっ」 そう嬉しそうに言われれば、勿論嫌な気等する筈も無い。 照れつつも、そっか、と眼を細める忠臣は早速今日の予定を立てる為、近くの喫茶店へと向かった。 どうやら朝食は抜いて来たらしい志恩がトーストにサラダのモーニングのメニューをほくほくと食べえる姿を横目に忠臣はコーヒーだけを啜る。 肌寒くなってきた季節に外を歩き冷たくなっていた身体に染みわたる感覚が心地よい。 「そう言えばさ、忠臣って」 「うん?」 「誰と住んでんの?知り合いって言ってたけど…」 カリカリのトーストを齧る食欲をそそる音。 朝はきちんと食べて来たが、少しだけ感じるのは空腹感だ。 「幼馴染だって」 「その幼馴染が誰だろうな、って聞いてんだけど」 食べ掛けのトーストを皿に置き、セットのコーヒーを一口飲んだ志恩がちらりと忠臣を一瞥。 「あぁ。志恩も覚えてないか?ほら、保育園の時とかよく迎えに来てくれてた人なんだけど」 「保育、園?」 「そう、綺麗な小学生だったんだけどさ」 「…………アイツ?」 「え?」 ぴたりと動きを止めた志恩の眼が驚愕で見開かれてたと思ったら、次いでぎゅうううううっと一気に眉間に皺を寄せた。 それはまるで一点に皮膚を集中させるかのような、 「眉間で梅干食った?」 と突っ込みたくなるほど。 そんな友人にぎょっと身体を跳ねさせた忠臣だが、志恩の眼は益々険しくなるばかり。 「な、何?どうした…?」 いきなり雰囲気を変えた志恩に首を傾げて見せれば、明らかに感じるそれは怒気に近い。しかも、苛立ち混じりに睨み付けられ、意味が分からない忠臣はごくっとコーヒーを飲み込んだ。 「保育園の時のって、あの男な訳…?」 「へ…?あ、やっぱ覚えてるのか?」 「覚えてるも何も…っ」 ちっと舌打ちせんばかりの勢いで、残りのトーストを二口程で口内に入れてしまうと頬を膨らませる志恩は最後にぐぃーっとコーヒーを飲み干す。 そして空になったカップをテーブルに置くと、鋭い双眸で忠臣へと顔を向けた。 口元に着いたパンくずが気になるが、イケメンならばそれも何らかの材料なのではと思ってしまう自分も相当卑しい人間なのかもしれない。 「あの人だろっ、いっつもお前を連れ去って帰ってさっ!小学校上がれば関わり合いにならないと思ったら、運動会だの発表会だのにカメラ片手に居た男っ!普通の男なら気持ち悪さマックスで露骨に避けられても可笑しくないのに、見た目がいいばっかりにお前を愛でるあの男を愛でる保護者とか居たとか話になってたわっ!日曜日とか一緒に遊ぼうと思ったら、既にアイツとよく約束してたよな、お前っ」 「………そう」 忠臣よりも利桜の事をやたらと覚えている気がする。 一体何があって此処まで志恩の脳内に利桜が住み着いているのかは知らないが、ただ憧れていた、だとか、友達の近所のお兄さんだから覚えていた、と言うレベルでは無い。 「…んだよ、アイツと一緒に居るのかよ…」 しかも、眼を据わらせ、ぶつぶつと何やら小言まで言っている。 爪迄噛む姿は拗らせて、病んだかメンヘラったかのどちらかだ。 「利桜くんと、何か…あった…?」 「あぁーーっ!それ、その名前っ!!りおうだ、それっ!お前がいっつも『りおくんってー』とか『りおくんがねー』とか言うから、しばらく『りおくん』がお前の声とセットで魘されたわっ!!」 「え、えぇー…」 今更そんな事を言われても、だ。 忠臣だって、したり顔でそんな話をしたつもりも無ければ、悪意なんて皆無。 しかも、何故にそんなトラウマ級に志恩の中に住み着いてしまったのか。 利桜と志恩。 二人が話してる姿だって見た事も無い。 理不尽では?と、眉根を寄せ、怪訝な表情を見せる忠臣に、その内情まで読み取ったのか、これまた忌々しいと志恩の話は続く。
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