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「つか、アイツとはずっと連絡取り合ってた訳っ!!?あっ、すみません、コーヒーおかわりお願いしますっ!!!」
詰問に任せて、力の入ったコーヒーの注文に、ウエイトレスの女性がびくっと身体を仰け反らすが、志恩はそれどころではないらしい。
早く早くと答えを急かす様にテーブルに指をコンコンと打ち付ける姿に、忠臣は無意識に溜め息を吐いた。
「違う、偶然。お前と一緒で偶然再会したのっ」
半ば吐き捨てる様にそう言えば、些か溜飲が下がったのか、落ち着いた様子ですぅっと肩の力を抜いた志恩だが、まだ頬はぷくりと膨れている。
「偶然にも俺はまた先を越される訳…?」
「何だそれ」
「俺あの人嫌いなんだよね」
「はっ!?嘘だろっ!!あんなに綺麗な人なのにっ!!?」
あんな美しいと恥ずかし気も無く言える人間を嫌いと言い切ってしまう人間が居るとは。
信じられないと眼を瞠る忠臣に志恩の顔がぐわりと歪み、コーヒーを注ぎに来たウエイトレスがまたびくっと身体を揺らす。
「綺麗って…それ見てくれだけじゃねーかよっ」
「は?そんな事ねぇよ、めちゃくちゃ優しいし」
むっと眉間に皺を寄せ、心外だと言わんばりに忠臣も唇を尖らせるが、その言葉に志恩が再び眉間に梅干しを投下させた。
「それ、多分お前限定だぞ」
「…は?俺、限定?」
「そりゃそうだろっ、あの人保育園の時から気に入らなかったんだよ。いつも俺達二人して最後まで居残りして親を待ってたのにさっ、急に出て来てとっとと忠臣を連れて帰ってさー。しかも、あの男帰り際、お前を見送ってた俺にふって笑ってたんだぜ」
「それはあれじゃね?子供好きだから笑い掛けてたんだろ」
「お前、子供好きの笑顔と子供に対して、はぁはぁしちゃう大きなお友達の笑顔、どんだけ差があるのか見りゃ分かるだろうが。それと一緒だよっ」
「……………」
その言い分だと、利桜の例えは後者なのだろうか。
どうにか誤解を解くべきでは、と思う忠臣だが、志恩の真顔に何も言えず、ただひくりと頬が引き攣るだけ。
「兎に角っ、俺はあの人嫌いだから、ぶっちゃけお前も同居とか解消して欲しいくらいなんだけど」
「無理言うなよ」
「じゃ、俺と住もう。そっちのが何ぼかマシだわ」
二杯目のコーヒーもぐいっと一気に飲み干した志恩の申し出に忠臣の眼がくるりと動く。
正直立ち退きを命じられてすぐにその申し出があったのなら喜んで飛びついていたでろうが、今となってはお断りの一択しかない。
(絶賛片思い中だからなぁ…)
いや、だが、
でも。
「…………………じゃ、もし解消したら一時頼む」
「え?」
「いや、だから…もしもの時は、少しの間世話になる、かも」
そう、今は片思い楽しもうの意気込みだが、そのバランスが崩れ、しかもガチになり過ぎて、辛い方に崩れた場合。
(一緒に居た方が辛くなるよなぁ…)
そうなったら駆け込み寺の如く、志恩の元に身を寄せるのもいいかもしれない。
利桜に嫌われでもしたら、それこそ本末転倒もいい所だ。
「い、いいぞ、いつでも来いよっ!」
ニコッと笑う志恩が頼もしい。
すっかり機嫌も治ったのか、
「よしっ!!遊ぶぞっ!何処行く?カラオケ?観たい映画があるとか?あ、ガキん時によく行った場所でも巡る?」
ガタっと勢い良く立ち上がり、上着を羽織る。
ウエイトレスも遠くでびくっと肩を揺らす。
不審さが香ばしい志恩の一挙一動が気になっていたのか、それとも残念なイケメン故に反射的なものなのか。
「そう言えば、忠臣は彼女とか居る?」
「今?居ない、けど」
「あー、やっぱり?」
やっぱりとは?
乾いた笑いで笑う友人を眺める事しか出来ない忠臣は無力なのだ。
*****
職場からの急な呼び出し、それは結婚式のエキストラを急遽二十名程確保して貰いたいと言うものであった。
「あの新婦、日頃から傍若無人で我が儘、今回の結婚も周りにマウントしまくってたらしくて、友人から会社の同僚、先輩までもが結婚式を当日ボイコットしたんですって」
げっそりとした表情で缶コーヒーを飲むと言うよりは啜る佐野は周りを気にしながらもそうボヤきながら、車に背を預けた。
エキストラ二十人、現地集合出来ない数名をハイエースに乗せてやって来た教会では今頃滞りなく式が行われ、もうそろそろ終盤だろう。
「流石に疲れたっすよぉー」
「まぁ、娘に泣きつかれてこの騒動って事か。どんなクソでも親からしたら可愛いんだろうしな」
本来ならば祝福に塗れている筈の聖域内で不謹慎極まりない言葉を並べながら、同じくコーヒー片手に利桜は薄ら笑いを浮かべた。
(社長の友人だからって調子に乗りやがって)
折角の休日をあんな馬鹿娘に潰されるとは。
しかし、そんな悪どい笑顔でブラックな思考でもきっと神は許すのだろう。
それくらい整った顔立ちは結婚式のスタッフも一瞬動きを止めた程だ。
「まぁ、披露宴前にお礼がしたいって事らしいっすから、それが終わったらとっとと帰りましょうや」
「前提として礼とかいらねーけどな」
「…仕方ないっすよ」
遠くの方から『おめでとうー』『良かったねぇ』なんて歓声が聞こえてくる。
どうやら急遽取り繕ったエキストラでも仕事はきっちりこなしているようだ。
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