悪くは無い

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「終わったら飯でも食いに行こうかな…」 「おっ!いいですねー、どこ行きます?」 もうついでに軽く飲んじゃいますぅ!?なんて弾んだ声で拳を握る佐野だが、 「違うよ、お前とじゃなくて」 「えー、奢って貰おうとおもってたのにぃ」 誘われたのが自分でないと分かると、ちぇっと頬を膨らませる。 「次はどこのお嬢さんを捕まえたんですかぁー?」 「一緒に住んでる子でも誘うかな、って」 「えっ!!!!嘘っ!!!!?同棲してるんすかっ!!!!」 ただでさえ大きいと言われる眼をぐわっと見開き、驚きを隠さない後輩は次いですぐに興味満々に車に預けていた身を前のめりに。 「あっ!もしかして、この間の弁当の子!?」 「同棲じゃないって。同居、だな」 だが、そこは淡々とした面白みのない答え。 は?と眼を丸くした佐野は首を傾げた。 「幼稚園から小学校まで面倒みてた隣の子、みたいな感じ」 「………そう、なんっす、か」 「今専門学生で、家が立ち退きになったらしくて。一緒に住もうって誘って住んでるだけだよ。しかも男だし」 それ以下でも以上でも無い、とさして興味も無い様な声音は利桜自身もそう思っているのだろうが、 「何?」 「あ、いや、そ、その…っ」 じっと自分の顔を見詰める佐野に訝し気な視線が飛ぶ。 「何でも、無い、です、けど…」 誤魔化す佐野は慌てて首を振れば、利桜が空になった缶コーヒーをゴミ箱へ捨てるべく、自動販売機横のゴミ捨て場へと歩き出した。 その後ろ姿を唖然とした侭、見詰める佐野はごしごしと眼を擦った。 ――――見間違えじゃ、ない。 (一緒に住んでるだけ…男、ねぇ…) 利桜は気付いているのだろうか。 何を思っていたのか、ふわりと、優しく眼を細め、穏やかに口角を上げた口元。 見た事の無い笑みになったのを。 (うげぇ…何か気持ち悪いもん見た気分だわ) 佐野も空になった缶をふりふりと振りながらその後ろ姿を見詰めながら、後をつけ、同じく缶をゴミ箱へと放った。 丁度その頃、がやがやとした人の声と足音や笑い声が聞こえ、式が終わったのだと利桜と佐野はそちらに顔を向けた。 教会から披露宴会場へと向かうのだろう。 「しかし、今日のエキストラ分の衣装やメイク代も全部持ってくれるって、中々すごいっすよね…」 「自分の所為で偽りの客から虚言みたいな祝いの言葉貰って、それで神が祝福してくれんのかね」 「二人だけの愛さえあればいいんじゃないっすかぁ」 「…愛?」 「真実の愛、っすよ」 ―――真実の愛、ねぇ。 やたらと安い言葉に聞こえてしまうのは、それが食えない後輩佐野の言葉だからなのか。 それとも、 「おぉ、荒尾くんっ!」 思考を遮ったのは、男の声。 さっと表情を変え、にこりと微笑めば、先程の罰当たりにも似た言葉を吐いていたとは思えない程の美貌の利桜が出来上がる。 社会人としての常識、大人としてのマナー。 それとは別に、まともな人間の皮を被る。 そんな言葉が思い浮かぶ佐野は隣の男を引き攣った顔で見上げるも、声を掛けてきた男が近づくと、慌てて頭を下げた。 「遠藤様。本日はおめでとうございます」 聴き取り易く耳障りの良い声は目の前の、高年層ではあるが渋みのある端正な顔立ちの男へと。 遠藤と呼ばれた男は、困った様に眉根を八の字に下げると、やれやれと言った風に肩を竦めた。 「いやー娘の為にすまないねぇ。休みと聞いていたが、間に合わせてもらってこちらとしても大変有難いよ。なんせ人数が人数だったから…」 「いえいえ。折角の娘さんの結婚式、一生に一度の事ですから」 ――まぁ、クソ程悪そうな性格が災いして二度三度ありそうだけどな (とか、思ってそう) にこやかで誰もが見惚れる笑顔の裏でそんな事を思っているだろうなと想像する佐野はそろりと視線を逸らせば、遠藤が歩いて来た方から花嫁がわっさわっさとドレスを揺らしながらこちらに近づくのが見えた。 「パパっ!!有難うぅー!!」 遠藤の娘、例のマウント女。 レースやビーズがこれ以上収まり切らないくらいに装飾され、大きめリボンが特徴なボリュームたっぷりの真っ白なウエディングドレスは女の子の夢がたっぷりに詰め込まれたものなのだろう。 ヘッドドレスの大きいリボンを揺らしながら、遠藤に抱き付くとぎゅうっとその身体を抱きしめている。 「もう、本当に最悪ぅー!皆私に嫉妬してこないとか、マジであり得ないわよぉー」 ―――なるほど。 佐野と利桜、二人そんな事を同時に思ったかどうかは定かでないが、表情が全く一緒。眼は死んでいる。 だが、 「…誰?」 ふと二人の存在に気付いた花嫁が視線を上げると、遠藤が身体をずらし、手を掲げた。 「あぁ、今日マイの為に動いてくれた方々だよ。お前も挨拶と礼をしなさい」 「いえ、我々は仕事ですので」 礼なんかいらないから、それよか、とっと帰らせて欲しい。 と、笑顔に張り付けた利桜だが、じっと自分を見詰める花嫁の視線にじわりと背中を走る悪寒を感じた。 嫌な予感が、する。 「………や、やだ~~…!!運命…見つけちゃった…!!」 真っ赤な顔で胸元を押さえる花嫁を前に今日ほど本当に帰りたい、癒されたいと思った事は無い。 過ったのは彼の顔。 勘弁しろよ。 真実の愛とか、本当にクソだな。
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