悪くは無い

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あれからどうなったかだなんて、知りたくも無ければ知ろうとも思わない。 二人が愛を誓い合い幸せの最高潮を迎えていたであろう祝福の場がまさか修羅場と言う名の地獄絵図と化するとは。 五臓六腑から這い上がる溜め息は地にめり込む程に重い。 ぶつかり稽古の如く、こちらに突進してくる花嫁を背後から父親が羽交い絞めにしてくれたお陰で利桜自身に身体的被害は無かったものの、祝福の為に集まったギャラリーも少なくは無く、一部始終見られていたと言うものは精神的には宜しく無いモノ。 しかも花嫁を、依頼者の娘を残飯でも見る様な眼で見下ろしたのも大人気なかった。 (でもなぁ…) 今日互いに生涯を共にすると誓ったばかりの口でよくも人を見て運命だなんて言えたものだと考えるとどうしでも嫌悪しかない。 だから、と言うべきか。 「もぉーっ!何よぉ、利桜から呼び出した癖に、私の事全然構ってくれないじゃないっ!!」 利桜の腕に自分の手を絡める女性は、ぷくぅっと頬を膨らませるながら激高する。 一緒に食事でも、と誘ってきたのは利桜にもかかわらず、待ち合わせして、食事をする中も心ここにあらずな男にいい加減苛々も頂点に達するところまで来ているのだ。 普段だったらこちらから誘っても来てくれない事だってある、あの利桜からのお誘い。 すぐにシャワー、メイク、着替えとそれなりに気合を入れて来たと言うのに、これでは何の為に可愛くオシャレしてきたのか、意味の無いものになってしまっているではないか。 「ねぇっ!利桜ったらぁ!」 甘える様に上目づかいも取り入れてみるも、こちらを見ていないのだから、これまた全くの無意味。 むぅぅぅっと眉間に皺を寄せ、ぷりぷりと露骨な怒りに変わろうとしているが、それでも利桜が感知する事は無い。 それでも、此処からホテルでも行くのだろう、と思っていた彼女だが、それもあっけなく消え去る。 「じゃあな」 駅に到着した利桜が女の腕が絡まっていた右手を跳ねのけると、そのままヒラヒラと振りながらホームへと歩き出した。 「え、ちょ、えぇっ!り、利桜っ」 流石に慌てだすも、ちらっと一瞥する事も無い。 「帰っちゃうのっ!!」 「そっちも気を付けて」 一応の気遣いは見せるが、そこじゃない、間違えている。 ―――は、ぁ? 取り残され、呆然としたまま立ち尽くす女を他所にそそくさと電車に乗り込んだ利桜はスマホを取り出した。 別に『気が無かった』訳では無い。 むしろ、あの花嫁に植え付けられた苛立ち半分、下半身をすっきりさせればそれなりに解消されるのでは、くらいは思っていた。 それ故にと何度か関係のあった女を呼び出したのだが、結局これだ。 スマホ画面に映る文章に場所もわきまえず舌打ちが出そうになる。 【一緒に飯?うわー…行きたいけど、今日は志恩と遊んでて…ごめん。もしかしたら今日は泊りになるかもだし】 たったこれだけの文章。 だが、この文章に苛立ちが倍増してしまったと言うのが実の所と言うもの。 忠臣を食事に呼んで、美味しいモノを奢ってニコニコとする笑顔に癒してもらおう、なんて思っていただけに、この返答は予想外過ぎるものだったと言うオチだ。 (やっぱその場凌ぎの女じゃダメだったか…) 女性の苦労等知る由も無い、と言うよりどうでもいいとすら思っている利桜から出てくる言葉は全ての女を敵に回しても可笑しくないものだが、ふぅっと息を吐く姿は儚さすら感じて回りの人間が見惚れるのだから、恐ろしい。 (そっか、帰っても忠臣は居ないのか) しばし考えて、今日一日何だか災難だったと眉根を潜める利桜が思い出す事。 『何かあったら俺が一緒に居るからね』 『いっしょ…?』 『忠臣のお母さんに何かあっても、俺が絶対に何とかしてあげるから、大丈夫、安心して』 『だから忠臣も約束して』 『俺を頼ってね』 『何でも俺に言えばいいんだよ、心配しちゃうからさ』 『わ、かった、』 幼い忠臣の吐き晴らした顔で笑う姿。 いつだったか、あぁ、確か忠臣の母親の入院が伸びた時の遣り取り。 (まぁ、そうだよな…) 約束だと二人で決めたのに、それを無視して自分の目の前からいなくなった忠臣はあの時の事なんて忘れていたのだろう。 ――だから、利桜には何も告げずに引っ越しなんてしたのだ。 今日の花嫁と似たり寄ったりじゃないか。 子どもの頃の口約束だと言うのに、忠臣を責めたくなってしまった利桜は一瞬苦々し表情になるのを自身で感じ取る。 久々に感情が上手くコントロール出来ない、この感覚。 忠臣と再会した時の苛立ちと焦燥感が再び蘇ってきたようだ。きっともしこのまま家に帰って忠臣が居たら、もしかしたら八つ当たりなんてしてしまう危惧がある。却って友達と遊んで不在なのは良かったのかもしれない。 「……」 なのに――。 そう、思ってしまうのに。 「志恩くん…ねぇ…」 相手が気に入らな過ぎる、なんて言ったら忠臣はどう言う顔をするだろうか。 すっかり暗くなった電車の窓を見詰めるも、外の風景等は分からないが反射した自分の顔が微妙に歪んでいる事に気付いた利桜は自嘲した笑みを浮かべた。
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