悪くは無い

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「はっきり言うけど、俺あの人マジで嫌いなんだ…っ」 眉間に寄った皺でその意がどれだけ深いか理解出来る。 「…それ前にも聞いたけど、つか何で?」 それを踏まえたとして何故女の子を紹介になるのだろうか。 「お前はあの人にずっと優しくして貰ったのかもしれないけど、俺はずっとお前があの人を優先してるみたいで嫌だったんだよ…。それにアイツも俺等と忠臣が一緒に居る所に遭遇した時、いつも睨まれてるみたいで…」 「………へ、ぇ」 何それ、ちょっと嬉しい。 矢張り利桜は自分を可愛がってくれていたのだ。しかも周りを牽制するくらいに。 何を不安に思っていたのか、知る術は無いがそんな過保護具合を今知るとは。 少しだけ緩和される警戒心はほわりと忠臣の頬を紅潮させるも、それがまた目の前の男の憤りに追い風を吹かす。 「それっ!こっちはさっ、ずっと保育園から友達取られて、その上優越感満載の顔で見下ろされてっ、終いにはお前と暮らしてるととか、だからっ」 「何?」 「彼女でも…出来たら、そっちに集中して、あの男の悔しがる顔が、見れるかな、って…」 ―――なんだそりゃ…。 思わず口を衝いて出そうになるも、無理矢理それを飲み込んだ忠臣の喉から、ぐびぃと妙な音が鳴る。 「俺の紹介だし…もっと俺を優先してくれるかも、とか…」 「……何だそりゃ」 二回目は飲み込めなかった言葉は結局さらりと忠臣の口から外へと。 つまりは、 「………利桜くんから結果的に俺が遠ざかればいいと思ってた、って感じか?ついでにお前は仲人気分を味わいたかった、と…」 「最後の言い方はちょっと違うけど、まぁ、…そうなれば、みたいな…」 「なるほどな…」 仲の良い友人が嫌いな相手と仲が良い。 それは確かに微妙な気持ちになるのは、何となくだが分かる気がする。面白く無いと言うか、腹立たしい気持ちになると言う事。 けれど、それは、 「何お前俺を使って利桜くんにぎゃふんって言わせたかったって事かよ」 「そ、それは違うっ!それはどちらかと言うと二の次で、」 そろりと視線を彷徨わせ、諦めた様な溜め息がほろり。 「友達として、一番でありたかった、な、って…」 そう洩らした志恩の顔が真っ赤に染まっていき、消え入りそうな語尾は暗闇の空へと上がる。 「…けど、今日は強引にあんな事してごめん…」 それでもはっきりとした謝罪は痛い程に伝わった。少なくとも自分の一番でありたいと言われて嫌な訳が無い。しかも相手はこちらのミスで長い事連絡をとっていなかったと言うのに、だ。 忠臣が少しだけ眼を伏せてしまったのは罪悪感から。 だが、志恩がはっきりと言ってくれた今、アンサーは必須。 もう一度顔を上げ、照れ臭さ混じりに苦笑いをしてしまう忠臣だが、その眼はきちんと志恩を見据えた。 「ありがとう。もういいよ」 でも、本当に今は彼女とか要らないから。 透る声は闇夜にも、周りの雑多音にも負けないくらいにしっかりとしたもの。 ーーほぼ同じ高さにある視線。 中学まではどちらかと言えば、小柄で泣き虫だった忠臣を保育園からずっと見下ろしていた志恩は今改めて忠臣を見たのかもしれない。 困った風に笑う姿は変わらなかった、と言うだけ。 ふふっと笑う姿に、もう一度だけ、ごめんと呟いた。 ーーー忠臣の後ろ姿を見送りながらスマホが震えているのを感じるも取る気にもならない。 きっと店に残してきてしまった女達からだろう。 怒っているんだろうな、なんて事は容易に想像が付くだけに、今更だと言う諦めにも似た心情だ。 『今日は帰るけど、またな』 でも、そう言って笑って手を振ってくれた忠臣に感謝しかない。 そう、空回ってしまい、失礼な事をしたにもかかわらず、嬉しそうに笑ってくれた友人にーーー。 しかし、それでも、だ。 ぎりぃっと歯軋りする志恩は本当は一番伝えたい事があったのだ。 これだけは忠臣の心情関係無く、自分の杞憂であっても言っておきたいと。 では、何故言えなかったのか。 それは至極簡単な事。 『お前はあの人にずっと優しくして貰ったのかもしれないけど、俺はずっとお前があの人を優先してるみたいで嫌だったんだよ…。それにアイツも俺等と忠臣が一緒に居る所に遭遇した時、いつも睨まれてるみたいで…』 これを聞いた忠臣の眼が暗がりでも分かる程にキラキラと輝いて見えた、からだ。 「あーーーっ、くそ…!」 何が言いたかったか、なんて。 (あいつだけは絶対辞めとけ、って言いたかったのにぃ…!!) もしかしたら、幼馴染、男同士とは言え、憧れ等が『そう言った感情』に変化してしまうのでは、と先に釘を刺しておきたかったのだ。 (あんなクソみたいに性格悪い男なんて、絶対に騙されて傷付いて終わるだけじゃんかよっ) 大事な友人を傷付けられたくは無い。そう思っていたからこそ、女の子も紹介したかったのに。 常に忠臣を自分の物だと幼い自分達にすら牽制していたあの男。確かに綺麗だと言う外見に全てを持っていかれそうになるのかもしれないが、それは見掛けだけ。 志恩の中では利桜は危険な奴だと認識していた。 忠臣に対する眼と雰囲気。 それは明らかに他の人間と区別していたと今でも思う為。
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