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「あー…もう、くそ…っ」
中々上手くいかないものだ。
今日は泊まってもらって朝まで一緒に過ごせると思っていただけに無くなってしまった楽しみに落胆も大きい。
これ以上無い位に肩を落とし、ぷりぷりに怒っているであろう女性陣が待つ店へと歩き出したが、その足取りは大変重いようだ。
*****
ーーガチャ
鍵を差し込み、そろりと玄関へ。
意外と早い帰宅になってしまった土曜日、はぁっと自然に洩れ出す溜め息が鬱陶しくて仕方ない。
「利桜くんは…帰ってないのか?」
リビングを覗けば電気も点いていない。
休日出勤だった利桜。
仕事終わりに食事でもと誘ってくれたが、今頃違う誰かと食事をしているのかもしれない。
(行きたかったなぁ…)
結局殆ど何も食べる事の出来なかった忠臣の腹が切ない音を鳴らす。
だからと言って今から何か作るのかと問われたならば、答えは否。
何かあったかな、とテーブルに鞄をおくとキッチンの棚へと手を伸ばし、ストックしてあったカップラーメンを発見。
「んー…前に特売で買ってたやつかぁ」
何も無いよりはマシだ。
早速ポットに再沸騰を掛け、沸いた湯をカップへと注ぐ。
出来たら味噌が良かったが、贅沢は言っていられない。醤油でも有難いと両手を合わせた忠臣は三分を待たずと、蓋を開けた。
と、ちょうどそこへ聞こえた音は玄関から。
「あ?」
次いでドタドタと聞こえる足音に一体何だと麺を掬った箸をそのままにリビングの扉を凝視していると、ガチャリと開いた扉から利桜が顔を覗かせた。
「…た、だお、み?」
少し息が切れている様に見えるのは気の所為なのか。
驚いた様にくるりと動く灰色の眼が忠臣を写し、ポツリと呼ばれた自分の名に軽く手を挙げた。
「お、おかえり、利桜くん…ど、どうした?」
「…泊まりじゃ、なかったのかよ」
「え、あー…うん、そのつもり、だったんだけど…」
「つもり?つか、飯…」
ズルズルとカップ麺を啜る忠臣の前に座る利桜が眉根を顰める。
何だか怒気まで感じる様な…。
(あ、あれかな…!飯の誘いを断ったのに、何で家で飯食ってんだよ、的な…)
断りが嘘だと思われたら、たまったもんでは無い。
慌てて首を振り、
「いや、違くて、その…ちょっと色々あって飯食いそびれた、って言うか…」
流石に志恩に言われた事全てを利桜本人に言える筈も無いのだが、それでも一応本当に理由があるのだと何とか伝えたい忠臣はしどろもどろながらもそう告げた。
しかし、その理由が不透明過ぎるのか、利桜の眉間の皺が数ミリ深くなった気がする。
「…アイツに何か言われた訳?それともされた?」
「へ?」
『アイツ』イコール『志恩』なのだろう。
不穏な雰囲気を漂わせる利桜に麺が喉に詰まりそうになるのを感じた忠臣はしっかりと咀嚼。
ごくりと飲み込むと、そろりと首を振った。
「い、や、大丈夫、何も無いよ」
ついでにへらりと笑ってみるも、目の前の男の眉間に変わりが無い。
あまり上手く笑えていなかったのだろうかと、無意識に頬や口元に手を当てる忠臣をじっと見ていた利桜がはぁっと息を吐いた。
煩わしい、とでも言いたげなその醸し出されるオーラにびくっと肩を揺らした瞬間、だ。
「忠臣、お前俺と付き合わない?」
「ーーーーーは?」
ピタッと止まったのは動きだけでは無い。
瞬きも声も、思考も全てが止まり、まるで時間までも停止してしまった様な感覚が忠臣を覆う。
呼吸すらも止まってたのか、ぐふっと咳き込み、次いで襲われたのは目の乾燥。
だが、そんな事どうでもいい。
何を言われた?
利桜は何を言った?
『自分』に対して、どんな事を言ったのか。
ーーーー
ーーーーーーー
えー…
「何、て?」
あまりにも間の抜けた声と顔なのは自覚しているが、まずそれを聞かずにはいられない。
一体何を言われたのか、自信が無いと言うよりは信じられないから。
「だから、俺と付き合ってみないか、って言ってる」
ーー聞き間違えでは、無いようだ。
はっきりと一言一句聞こえた。
いや、でも、それでも。
「…誰、が?」
「忠臣と俺がだよ」
「…どっかに、って事?」
「そんなど天然が売りなベタベタなキャラ作りとかしてないんだけど」
「です、よね、」
ーーと、言う事は、だ。
「俺と、利桜くんが付き合うって言う意味合いって、」
「まぁ、恋人にならないか、って事だよな」
こいびと。
恋人の変換で間違い無いらしい。
すっかり冷えたカップ麺をそそそそっとテーブルの端へとずらし、肘を突き抱えるは頭だ。
「…利桜くん」
「何?」
「え…何で?」
何故にそう言った考えに至ったのでしょうか。
額を手で支え、下を向いた忠臣の顔にまみれる汗の量が尋常では無い。テーブルにまで滴る汗をかっ開いた眼で凝視する。
バックンバックンと煩い位の心臓は今にも胸を突き破って出て来そうな程に忙しなく動き、痛い程だ。
「何で、って、そうだなぁ…」
ふむっと顎に指を乗せる利桜の視線は斜め上。
明らかに今何らかの理由を考えようとしてるその姿にちらりと指の隙間から見上げる忠臣の頬が引き攣った。
いやいや、
(何でこの人付き合おうとか言ってんの…?)
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