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頭痛のブルー
朝目覚めて、もう既に二十分が経過しようとしている。
分かっている、いつまでもこんなとこに居ても仕方ないのは分かっている。
日曜日とは言え、眼が覚めてしまえば無かった筈の尿意さえ感じるのは極、自然の摂理、生理現象。
このまま部屋に閉じこもって人権を失う訳にもいかないのだ、意を決して取り合えずは二階にあるトイレへと進み、用を足してもう一度部屋に戻ってから考えよう。
――カチャ、
何を考えるか、だなんて、
「あぁ、おはよう、忠臣。ちょうど良かった、起こそうかなって思ってたんだ」
「………あ、おはよ、」
開いた扉の先に居た、この目の前の綺麗な人との『恋人』としての過ごし方、とやらだなんて今更なのかもしれない。
*****
煎れたてのコーヒーにトーストとバナナの入ったヨーグルト。
「食べたら?」
「あ、ありがと…っ」
わざわざ、忠臣の為に用意してくれた利桜からの朝食。
無料でいいんですか、口座にいくらか振込みましょうか。
そんな無駄に力の入った思いがあるものの、取り合えず両手を合わせてコーヒーを一口飲めば、胃の辺りから暖かみが伝わる。
トーストも表面はさくさく、バターの染みた部分はしっとりとコクのある味わいに忠臣の咀嚼は続いた。
そう言えば昨夜は殆ど食事らしい食事をしていなかったのだ。腹が空くのも当たり前と言うもので、ぺろりとトーストを平らげると次いでヨーグルトを自分の前に置いた。
「忠臣」
「うん?」
あ、これ旨い。
プレーンだがバナナ等無くてもヨーグルトそのものから感じる甘みにほわりと眼を細め堪能するが、
「で、今日はどうする?」
「―――へ、え、な、にが?」
目の前で忠臣が食べているのを眺めていた利桜からの問い掛けに顔を上げた。
ぱちっと合う視線。
もしかしてずっと見ていたのだろうか。
別にただ食事をしているだけのシーンだが、ふふっと口角を上げている利桜に対し、今更だが気恥ずかしさが出て来てしまう。
それは、矢張り、と言うか、十中八九原因はこれと言うか。
「折角付き合ってんだから、デートでもするって話に決まってるじゃん」
(――そ、うですよ、ねー…)
朝から何度も考えたし、何なら昨日の夜スマホに利桜くんと付き合う事になった、なんてメモまで残したし、妄想でも夢でも無いのは理解出来た。
でも、実際にこうして利桜から言われればそうなんだと再確認させられ、自然と顔に熱が集中する。
しかし、今ここでそんな『えー恥ずかしいぃ』だとかの、生娘の如き茶番なモジモジなんて誰も望んでいない訳で。
「デート、って、その俺と、だよな?」
「…この現状で何、俺は忠臣以外の誰とデートしなきゃいけない理由って何?」
「いや、全く無いです、」
すみませんと巻き肩になる忠臣に利桜がくすりと肩を竦めた。
「忠臣は何かしたいだとか、行きたいだとかある?」
「え、えー…いや、特別無いかな」
何故ならもうこの段階でご褒美の様なもの。
利桜と一緒に住んでいるというだけで此処から先の運を全て使い果たしたのではと思っていたくらいなのだから。
幼少期だって利桜と一緒に居れるのが嬉しかっただけで、特別何かを望んでいたと言う訳では無い。
だからこそ利桜からのデートのお誘いとあっても、希望も無ければ頼み事もある訳では無い。
既に多幸感でいっぱい、
欲の無さが災いし、腕組みしながらうんこらと悩む忠臣の姿は一般的に見てどう思われるか定かでは無いが、利桜の眼はすぅっと細くなる。
「……あまり外出とかしたくないタイプ?今まではどうしてたんだよ」
今までとは?
一瞬思考を止め、ぱちっと大きく瞬きした忠臣だが、その質問の意に気付くとほんの少しだけ頬を赤らめた。
「今までの彼女だったら、あんまり俺が決める事少なくて、その、学校帰りにデートとか」
そのデートというのもただブラブラと帰り道ただ喋っていただけに過ぎない。
下校途中にほんのおまけ程度。
たまにファーストフードで食事をする事もあったが、それ以上も以下も無い。
思い出された高校時代の青春。
(絶対…面白くなかったわ…)
いくら慣れてなかったとは言え、割と失礼だったんだろうなと頬を引き攣らせる忠臣は全てにおいて振られた理由がこれにあったんだろうと今なら理解出来る。
休みに誘う事も無く、誘われても彼女に任せっきり。
(そりゃなー…)
だが、そこまで考えて忠臣はハッとした様に背筋を伸ばし、まじまじと利桜を見詰めた。
ーーと、言う事は、だ。
今までの様に全て、受け身、ばっちこーいとグローブを構えていたらいけないのでは?
飛んで来た球を取れるのが凄いのでは無い。きちんとそこに向けて飛んで来たのだから取れていただけ。
こんな姿勢で居たのなら、折角今利桜と付き合っていても、すぐにこの関係も終わってしまうかもしれない。
せめて一ヶ月は付き合いたいところ。
もう季節は冬なのだ。
薄ら寒い時期に心身共に冷えてしまう様な事態になってしまったら恥も外聞も無く、落ち込んでしまうかもしれない。
そうなったら学業にも影響を及ぼし、利桜まで気を病んでしまうかもしれないではないか。
「はっ、はいっ!!」
思いっきり挙げた右手は爪の先までピンと真っ直ぐに。
「どう、した?」
忠臣のあまりの勢いに明らかに身体を揺らした利桜だが、そんな事構っていられない。
「り、利桜くん、俺に服を選んで欲しいんだけ、どっ」
「服?」
「そ、そうっ」
少しでも彼の理想に近づかなければーーー。
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