頭痛のブルー

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このくらいの距離感でいいのかもしれない。 付き合おうか、恋人として、だとか言われても結局は勘違いしている利桜からの心配が発端。 だからこそ、この幼馴染に毛が生えた程度の程よい感じが心地良いのだろう。 服を買ってくれたり、マフラーをプレゼントしてくれたり、これが利桜にとって『恋人』としての括りで出来る精一杯の事なのだ。 手を繋ぐ事だって、幼い頃は当たり前だった。 (それだけの事だよなぁ) 利桜からしてみれば、忠臣はまだ小さい世話をしていた子供のまま。 そう結論付ければ、妙にすとんと胸に収まったと言うか、腑に落ちたと言うか。 恐縮してしまう事だらけだが、これなら少し甘えてもいいのかもしれないなとほろ苦さを感じつつ忠臣は掌から伝わる利桜の体温にふっと困った様に息を吐いた。 ―――――と、そんな事を考えを纏め、利桜が予約してくれたと言うイタリアンの店で食事を楽しんだ、のだが。 「――は?」 「いや、だからまだ時間あるし、このままホテルでも行くかな、って」 「……何、で?」 思わず口を突いて出た言葉は心からの疑問。 店をあとにし、すっかり暗くなってしまった外で紙袋を下げ、手を繋いだままの男が二人、顔をまじまじと見つめ合うとか誰得なのか。 強いていうなら忠臣にとっては、利桜の顔を何の遠慮も無しにガン見出来ると言う特典が有ったりするのだが、この際それは置いといて。 冬の冷たい乾いた空気が見開かれた眼を刺激し、ドライアイを作り上げてくれるが、微笑む利桜から目が離せない。 「何でって、それ聞く?」 いや、聞きたくは無いが意味が分からないのだから仕方ない。 「…旅行気分でホテルに一泊したいとか、そう言う感じ?」 「今時カマトトぶってる箱入り気取ってる女でもそんな事言わないと思うんだけど」 「……………は、はは」 へらりと笑って見せるも、どうする?と再度聞かれその笑顔はぎこちなく固まった。 (えー…どういう事か、って考えた時に出てくる答えが一つなんだけど…) ――つまりは、そう言う事なのか。 どういう事? 頭の隅でそんなカマトトキャラを貫いた余計な声も聞こえたが、多分この答で正解だろう。 「忠臣?」 答えを促す優しい声の中に感じる圧は気の所為か。 そりゃ忠臣もそれなりに決意を持って恋人と言う立場を居酒屋の店員並みに喜んで引き受けたと言う事に間違いは無いが、だからと言っておいそれとそちらに持って行っていいのだろうか。 それこそ、この問い掛けに『はいっ、喜んで』と言える程の経験値は無い。 「……利桜くん」 「うん。行く?」 あくまでも選択権は忠臣にあるようだ。 いや、選ばせようとしていると言った方が正しい。 ぐっと紙袋を握る手に汗が溜まってるのを感じる。 きっと利桜が繋ぐ手もびっちょびちょだろうが、もう今更だ。 (だったら…ここは、) 「…俺、場所とかこだわりないんだけ、ど、」 結局選ばれたのは、居酒屋店員なのだ。 ***** ――月曜日と言うのはカレンダー通りに仕事をしている人間からしてみれば、憂鬱以外の何者でなく、社会人であればそれは尚更。 朝起きただけでも、うんざりとした気分だと言うのに、乗りたくもない電車では、現代社会ではほぼほぼ薄れた人付き合いをフルで無視した他人との密着を体験。 何とか会社に着けば、荒んだ気持ちに塩の如く刷り込まれる仕事が始まる。 むぅぅぅっと眉間に皺を寄せ、向かいたくもないパソコンに向かう佐野も例に洩れる事無く、次のイベント用に頼まれた人材をピックアップしていく。 来週は映画用のエキストラも居る。 そう言えば、面接もしてみないかと声を掛けられていたなと、朝っぱらから洩れる溜め息の回数はもう片手では足りない。 その上、あれは一体何なんだ。 チラっと斜め前のディスクを覗き見る佐野は何か納得いかないと言う様に眉間に皺を寄せる。 憂鬱な月曜日の朝、誰でも嫌がるであろう仕事始め。 なのに、 (何なの、あの人…) あの人、と称されたのは取引先と電話をしているらしい、利桜だ。 普段からでも身体にLEDでも背負ってんのかと思えるくらい、キラキラと後光が指している様な男だなとは思っていたが、今日は若干様子が違う。 何が違うのかと聞かれたら、詳しく人様に教える程の語彙力は無いのだが、敢えて言うとしたら、まさにこれ。 (つっやつやしてんなぁ…) そこらの女よりもきめ細かい肌は、瑞々しさが伺える。勿論癪ではあるが、いつも綺麗な肌してる故、どんなケアしてるのか、と聞いた事もあった。だが、それよりも張りがあり、艶々として見えるのは一体何故なのか。 しかも、キラキラ感がいつも以上にスゴイ気がする。 普段が王子様モードのLEDならば、今日は何というか、金粉の中を転げまわったのか、と問いたくなるくらいに輝いている様だ。 語彙力皆無なら想像力も乏しい佐野の脳内に浮かぶのは、セレブな姉妹だったりするものの、その雰囲気の違いは他の社員も気付いているのか、チラチラと書類の間やパソコンの間等、隙間を利用し覗き見ている者までいる。 (あれかな、新しい女かな…) しかも、相当相性がいいと見た。 こっそりとそう独り言ちる佐野はランチの時間にでも、聞いてみよう、なんて萎れていたやる気を野次馬根性で奮い立たせ、再びパソコンに向かった。
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