頭痛のブルー

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***** 「―――で、どしたんすか?」 「何が?」 こんなに大衆向けの寂れた食堂が似合わない男も居ないと思っていたが、流石にそこは利桜と言う男と言うべきか。 どんなに野暮な背景であってもこの男が一緒に写り込めば、そこは映画やドラマのワンシーンへと早変わりした様に馴染み、違和感を覚えさせる事はない。 そこらの同じく食事をするサラリーマンをエキストラのモブにするのもお手の物だ。 そんな利桜は、佐野の質問に日替わり定食の鮭を口内へと運びながら、首を傾げる。 本意なのか、それとも惚ける気なのだろうか。 「いや、何かあったっしょっ、絶対土日に何かありましたよねぇ?」 同じくこちらも日替わり定食のポテトサラダを頬張りながら、負けずと自分を見詰めてくる後輩の眼は明らかに探りを入れており、あぁ…っと小さく呟いた利桜はその眼を細めた。 「あったな、土曜日。花嫁に迫られたって言う、あれは衝撃的って言うか、未曽有の大事故もんだったよな」 「それじゃないっしょっ、あ、いや、それも確かに衝撃的起こった出来事だけど、そう言うのじゃなくて、」 そう言うのではないのだ。 その肌の張り艶を最高級まで上げた理由。 絶対に何かあった筈なのだ。それは大概新しい出会いだったり、満たされる事だったり。 根拠の無い自信であるにも関わらず、絶対そうだと自分の中で決定している佐野は好奇心丸出しを隠そうともせずに、うずうずと身体を揺らした。 「あれじゃないっすか、新しい恋人、出来たとか、」 「あー…そっち、な」 どストレートにそう問い掛ければ、一瞬目を見張ったものの、次いでくすっと口角を上げ、なるほどね…と嘯く利桜だが、 (………あ、れ?) まじまじと真正面から見詰めていた為か、そこでようやく佐野はもう一つ気付いてしまった事。 「あのさ、」 「…………はい」 声が強張る。 今日の日替わりには、評判のいいごぼうのきんぴらが入っている。相変わらず美味なのに。 「男同士って、どう?」 「――――――は?」 くどいようだが、ここは会社近くの大衆食堂。 しかも会社員も社畜もみんな大好きお昼時。 周りの談笑する声や店員達が忙しなく動き回る音があるとはいえ、いきなり何を言い出すのだろうか。 咄嗟に周囲を見回し、誰も此方を見ていない事に、ほっと安堵の息を吐いた佐野はぎゅっと目の前の男に眦を釣り上げた。 「何言い出すんすかっ!もっと場所考えて下さいよっ!」 「何お前俺にはカミングアウトしてきたのに、オープンじゃないの?」 「それは、先輩がちょっと交友関係にはクズっぽかったんで俺の性癖くらいじゃ驚きもしないかなーと思ってたからですよっ」 「人によっては人間不信になりそうな理由だな」 まぁ、この綺麗な男はそうはならないだろう。 別段ムッとした訳でも、気分を害した風にも見えない利桜だが、問題はそこでは無い。 「…何っすか、大体どう?って抽象的過ぎるでしょ」 一応声を潜めながら、白米をもぐもぐと咀嚼する佐野の眼には警戒の色が見えるも、利桜にとってはそんな視線等何も感じないらしい。 しばし、考える風にサービスの茶を啜り、どこ見てんだと突っ込みたくなる程ぼんやりと空を見ていたかと思うと、ふっと口を開いた。 「いや、案外悪く無いよな、って思ってたんだけど」 「…………え?」 ぼとりと床に落ちたのは箸で掴んでいた筈の梅干しだ。 自家製らしく、非常にこちらも美味で人気のあるサービスの一つ。佐野もこの梅干しを白米にまみれさせるのが大好きなのだが、梅干しが落ちた衝撃よりも、こちら側に軍配が上がったらしい。 もぐもぐと口を動かし利桜を見詰め、言葉を探すが何も出てこない。 己の語彙力云々の話ではなく、驚愕から声が出ないと言う事をこの年にして初体験すると言う余計な経歴が刻まれた瞬間だ。 しかし、当の利桜と言えば、ほんの少しだけ訝し気に眉を潜める。 「元々相手の事も嫌いじゃないし、キスしてみればイケるなと思えたし、可愛いとも思えた。気持ちも良かったんだけど」 いや、本当待って。 何その憂いを帯びた真顔でどんな話をしているのか分かっているのだろうか。 喉に詰まりそうになる白米をお茶か味噌汁で流し込みたいが、もしかしてまだ何か衝撃的発言をされてしまったら、と思うとそれも出来ない。 毒切りなんてしたくはない。 何とか喉元にあったものを飲み込み、涙目になった佐野が無事生還を遂げるも、そんな事に気付いてすらも居ない利桜の話はまだ続く。 「ただ、さ」 ――――――あ、 (これ、) 佐野が気付いたもう一つの事。 確かに体調的にはコンディションが天井を突き抜けている利桜だが、その反面醸し出される雰囲気は、得体の知れない禍々しさを感じるのだ。 言ってしまえば、 (めちゃくそ、機嫌悪い…?) 一体何故? いや、それ以前に男同士云々の話を深堀すべきか。 この人ノンケだったよな? したのはキスだけ、って話だよな? 色々な疑問がシャボン玉の様に浮かんでは消えていく佐野は、ここで味噌汁の入ったお椀を掴むとゆっくりと口内に流し込む。
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