頭痛のブルー

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未だに利桜の考えが理解は出来ていないが、昨日は確実に利桜との距離はゼロに近いと思えた。 (まずはここから…) もう少し、色々と出来る事は有る筈だ。 夕食は利桜が自分の為に用意してくれると言うのならば、他に出来る事は済ませておこう。 風呂掃除に、洗濯。 そろそろ身体もぬるぬるとまではいかないが、動きやすくなっている気もする。 丈夫に生んでくれた母に感謝と共に高校時代それなりに鍛えていて良かったとこれほど思った事は無いと、腰を上げた忠臣は早速風呂場へと向かった。 ***** ―――そんな日々から、もう既に四日目。 「でさっ、そっから怒ってまーた出て行ってさぁ!!謝るまで帰らんとか言うから、俺も意地になってもう四日目な訳よっ!!」 「………奇遇だな」 「は?何が?つか、お前俺の話聞いてる?」 悪いが聞いていない。 とは、流石に言えない忠臣は目の前でコンビニのパンを齧る下野に気付かれぬ様、こっそりと息を吐いた。 ――そう、あれから四日。 忠臣の身体を気遣い、夕食まで準備してくれた利桜に感謝しかない忠臣だったのだが、そこから今に至るまで、 (――それらしい雰囲気にすらならん…) これはまさに死活問題。 行ってきますのキスとおやすみなさいのキスは利桜からしてくれることが殆どなのだが、そこから一切手を出される様な事はなく、残されるのは清涼感溢れる笑顔の余韻だけ。 当たり前だが、これだけでもかなり喜ばしい事だ。 右手を天に向かって振り上げて世紀末覇者の名セリフなんて何度呟いた事か。 だが、それ以上に進まないと言う事は、それ相応の理由があるのでは? 余っていた食パンで適当に作ったサンドウィッチを眺め、一口食べる忠臣は眉間に皺を寄せ、その表情は険しい。 (やっぱ…気持ち良く無かったって事なのか…?) 仕事で疲れているのかも、仕事上の愚痴等元々聞いた事も無いが、そこは社会人。それなりに人に言えないストレスでもあるのかもしれない。 なんて、色々と思いはしたが仕事は定時に始まり、定時に終わっている様子。 不機嫌な様子も見当たらない。 そこを前提に踏まえて、改めて思い直せば思い当たる節なんて一つしかないだろう。 (やっぱ…男相手じゃ無理って事か…) 自然と落ちていく肩を止められない。 利桜と身体だけの関係になりたい訳では無い。ましてや、今までの想いをそれだけで消化したい訳でも無い。 ただ『恋人』と言う肩書きに浮かれすぎていたのかもしれない。 もっと利桜の事を考えるべきだったのだ。 露骨に避けられている訳では無いのが余計に利桜の優しさなのではと勘繰ってしまう。 (ネガティブ過ぎるだけか) コーヒーで口内の物を流し込み、一息吐く中、未だ下野の話は続いている。 「俺等もう別れるかもしれんなぁ、こりゃ」 どうやら些細な事で喧嘩に発展。彼女の方が半同棲だった家を飛び出したらしい。 「…つか、家を飛び出した時点でもしかしたら彼女止めて欲しかったんじゃね?」 自分の悩みがあっても、一応話には付き合ってやるのが忠臣の良いところでもあり、お人好しさを伺わせるところだ。 「は?俺そう言う駆け引き嫌いなんだよ」 「ふぅん、そんなもんか」 己の恋路も分からないのだから人の恋路なんてもっと理解は出来ない。 出てくるのは適当な相槌。 しかし、 「まぁ、でも…俺もそうしなかった時点でもう冷めてんだろうな」 「ーーへ?」 「元々友達付き合いから始まった恋だったからさぁー、その頃の方がよっぽど楽しかったし」 ココア豆乳をぐびぃっと飲み干す下野の双眸が歪む。 「好きって言ったのも俺だし、この際俺が終わらせるのが正しいのかもな。お互い無理いして付き合っても楽しくねーわ」 「………へ、ぇ」 じわりと浮かんだ新たな不安。 それは小さい染みの様なものだったが、滲み広がっていけば際限が無い。 (利桜くんは、) 無理してねぇよ、なーーーー? 思わず握り締めた紙パックのコーヒーから飛び出た液体が下野に降りかかるまで時間は掛からない。 ーーーー計画通り、とニタリ笑うにはどうしたらいいか。 明日は土曜日。 バイト先で仕事をこなしながらも、明日の休みを利桜に楽しんでもらうにはどうしたらいいのか、と真顔で考える忠臣にパート先のご婦人方もこそこそと顔を突き合わせる。 「…最近忠臣くん、様子が変じゃない?」 「変って言うより、様子がおかしいってやつね」 「やっぱりあれじゃない、お年頃だし」 「あれかしらねぇ…」 「ここは一つ、人生の先輩としてコツをアドバイスしてあげるべきよぉ」 「アドバイス出来る程経験値あるの?」 小さい一悶着はあったものの、惣菜の残りと店には出せないパックの刺身を用意。 黙々と帰り支度をする忠臣に一人のベテランバート従業員の安藤が声を掛けた。 「お疲れ様ぁ、忠臣くんっ」 「あ、お疲れ様です」 高級そうなマフラーを巻く姿に、憶測は確信へと変わるのか、大きく頷いた安藤さんは忠臣の肩に手を置く。 「忠臣くん、貴方今悩んでるわね」 「え、あ、あー…え、もしかして何か俺やらかしました?クレームとか、」 慌てる忠臣だが、それは遮られた。 「いいの、わかってるっ!!いい?あれよ、やっぱりね、経験なのよっ!」
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