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いや、それ以上に、
「…………スマホの管理、って何っすか…?」
自分のスマホなら管理くらい勝手にやってろと言う話だが。
「相手のだけど?」
「それって…例の男の恋人…?」
「そう」
「………………先輩って、歴代の彼女のスマホとか勝手に見てたんすか…?」
「する訳ないだろ、面倒臭い」
待って、だったら本当に何の話な訳?
陰影濃くなった真顔を向ける佐野に利桜は気にする事無く続ける。
「やたらと仲の良い男友達が居るんだけどさ。ただ男友達って言うのが俺の気に入らないヤツで…生意気なんだよね」
「でも…ただの友達なら俺は何も言わないですけどね…」
「そっか。じゃあ、仕方ないかぁ」
お待たせしましたぁ、っと可愛らしい声と共にテーブルの前に置かれたホットサンドとコーヒー。ちらちらっと頬を染めるウエイトレスの視線は明らかに目の前に居る綺麗な男に向けられたものだろうが、そんな気になってます、と言わんばかりの仕草もこの男には無駄だと悟っている佐野には同情しか湧かない。
「でも、万が一ってあるだろ」
あ、まだ話続くんだ。
「万が一…とは?」
「その友人の事を好きかもしれない、って場合」
ホットサンドをもしゃもしゃと飲み込む佐野は眉根を寄せながら、傾げる首。
「…先輩と付き合ってる人って、その男友達の事が好きなんすか?」
「どうだろう。知らないけど、二人の間に何かあったのかなとは思ってる」
そうでないとあんなメールを送ったりはしないだろう。
【この間の詫びも兼ねて、俺の家で鍋とかしない?】
【俺と二人が嫌なら、今度は小学校の時の友達を呼ぶからさ】
そして、思い浮かぶは利桜が食事に誘った日、忠臣は志恩と出掛け、外泊すると言っていた筈なのに夜中近くに戻ってきていた。
あの時既に何かあったのだろうと思ってはいたが、決定的な証拠も無く詰める必要性も無いだろうと思っていた。
何故ならすぐに自分と付き合うと言う選択を彼がした為。
だったら今回も何も気にせず、堂々と送り出してやればいいだけの話なのだが、では一体何が問題なのか。
「憶測ですよね。今は先輩と付き合ってるなら、別に、」
「でも今は俺が育ててるのに、もしあのガキに横から掻っ攫われたらムカつくだろ?」
「……………………ど、」
どうでしょう…ね…
一気に食欲が無くなりそうだ。
営業途中、折角美味しいと話題のコーヒー店に入れたと言うのに何この事故。
人の情事だの色恋だの、しかもこの男の話なんて他の人間はどうかは知らないが、佐野にとってはすこぶるどうでもいい。
むしろ、知りたくないとすら思う。
折角人気のホットサンドも注文したと言うのに、胸焼けした感覚。
それでも何とか胃袋に収めないと勿体ない。
そんな心意気が彼を突き動かすのか、取り合えず一気に食べてしまおうと口内へと押し込む様にパンを放った佐野はごくりとそれを飲み込んだ。
「ま、まぁ、でも先輩その付き合ってる人と一生どうこうって訳じゃないんですよね?」
「あー…、そうだな」
「じゃ、別にいいじゃないっすか。それだけの関係だったって事で」
そう、それでこそ荒尾利桜ではないだろうか。
(あぁ、コーヒーが美味い…)
しみじみとコーヒーを味わいながら、佐野はようやっと眼を細めた。
何だ結局いつものこの人じゃないか。
妙に安堵したのは、佐野の中でこの美しい外見とは違い、中身は全くと言っていい程伴っていない男であると断定しているからかもしれない。
自分も相当クズな事をしてきたが、この男よりはまだマシだと思いた、
「って言うか、一生どうこうなんて問題は元々無いんだよ。一生あの子との繋がりは消えないんだから、そんな前提は当たり前。考える間でも無い」
「―――は?」
「お前酸素は一生あるんだろうか、とか考える?それと同じだよ」
「……………」
「ただマジであのムカつくガキは絶対嫌だなって思うからさ。ある程度のけん制はいるかもね」
ふぅっと黄昏た溜め息を吐く男は結局一人で解決したらしい、一つも共感出来なかった上に意味が分からなかった利桜の相談と言う名のただの当たり屋作業。
まさに人災。
(えー…何この人…)
尋常じゃない汗を掻いてしまったのだろうか、胸元が濡れている気がする。
引き攣る顔も普段の愛嬌ある佐野からは想像もつかない程に青い。
「そろそろ、また回るか…って、」
伝票を持って立ち上がった利桜はふっと見下ろし、まるで可哀想なモノを見る様な眼で笑う。
「お前、口からコーヒー流れ出てんぞ。着替えなきゃだなぁ?」
―――あぁ、なるほど、だからびしょびしょな訳ね、って…
「あああああああ、っ!!うそ、最悪っっっ!!!」
どうやら口からコーヒーを垂れ流しにしてしまったらしい佐野は勢い良く立ち上がると、ぎょっと驚いた様にこちらを伺う周りの眼も気にせず、涙目でお気に入りの一枚だったワイシャツを見詰める。
(くそぉ…!!もう、まじ最悪じゃんかよ…この、この、感情激重野郎の所為でっ…!!!!)
茶色の染みも鮮やかに。
こんな一粒一粒が重い男でなく、常に柔らかく包み込んでくれる年上の恋人に早く甘やかされたいなんて思いながら、佐野は鼻を啜るのだった。
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