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『あの、そんなにその相手の事好きなら、ちゃんと好きだって告白しといた方がいいですよ』
帰りにクリーニング店に寄るのだと、背中を丸めながらも鼻息荒い佐野はじっとりと視線で利桜へとそう言い放った。
『…は?』
『好きなら、ちゃんと言っとかないと。先輩ってただでさえ今迄の彼女とかには酷い扱いばっかりだったでしょ?そのお相手にも信用されてるのか、分かんないとこですしね』
『大丈夫ですかぁ?ちゃんと相手に伝わってます?その前に自分の気持ちすら気付いてないとか無いですよねぇ』
へへへ…と闇を感じさせる笑みを浮かべながら退勤していく後輩の背中を見送り、しばしビルの前で言われた事を反芻しながら、ぼうっと立ち尽くしていた利桜だったが、その顔は次第に渋いモノへと。
(好き…?そんなん当たり前だろ?)
何故なら大事な幼馴染。
目の前から居なくなった時は正直学校に行く気にもならず、行ったら行ったで荒れた時期もあったりもした。それくらい大事な存在で、再会したのを切っ掛けに絶対に逃がしたくないと思ったのも事実。
神のご褒美か、色々な偶然を得て、圧に任せて一緒に住む事まで出来た。
それゆえ、男が好きだと聞かされた時には、若干驚きがあったものの変な男に捕まるのは嫌だな、とも思った。
だったら、自分が最初の男になって変な虫が付かない様に、これから先新しい恋をする上で自分が納得する相手かを見極め、少しでも忠臣がいい方向に向かえれば、と、
(思ってた…けど…)
今迄の女性に、それくらいの感情があったかと聞かれたならば、声を大にしている。
否。
(……あー…そりゃ、)
キスもしたし、セックスもしている。
それは、隣に居る忠臣を確認する為でもあり、たまに嫌がる事をするのだって結局最後は許してくれる彼に優越感に似た感情を持っているから、で―――。
(あ、れ…俺って…結構…いや、)
「………………」
あの家だって、気付けば購入していたと言う、聞き様によっては事故物件なのではと思わせそうな恐ろしい話だが、実際幼い忠臣と一緒に住んでいた家の間取りや雰囲気が似ていた、と言うただそれだけの理由で迷い無く一軒家を購入した利桜の方が何倍も恐ろしいのかもしれない。
(俺、忠臣の事、まじで好きだな、これ…)
今更かもしれないが、と言うよりも一体何時から?
自分の事ながら、はっきりと明言出来ないあたりが拗らせ感が否めない利桜だが、ふと震えたスマホに眼をやった。
【最近連絡くれないよね?たまには会いたいよぉ】
一体誰だろうか。
名前を見ても顔も思い出せない。
数回遊んだ女性かもしれないが、申し訳ないが今相手にしている場合ではないのだ。
「ごめんね、と」
申し訳なさげの欠片も見つからない様な表情でスマホの画面をタップする男の指は迷い無くブロックと書かれた文字をタップした。
*****
今日はバイトも無い。
学校も終え、買い物も済ませた忠臣は早めに帰宅。
夕食は忠臣の番と言うのもあり、カレーに決定している。
クラスメイトの女の子から教わったグリーンカレーに挑戦しようとも思ったのだが、家事はまだ初心者レベル。
おいそれと事故を起こす事も無いだろうと一般的なルーから作るモノだがサラダも作るのだから許してもらいたいところ。
カレーだけ作って白米を炊いていなかったと言うベタな事も無い様、炊飯器もしっかりセット済み。
ジャガイモ、人参、玉葱、鶏肉と言ったオーソドックスな材料を炒め煮込むと早速ルーを投入。
利桜の好きな味かどうかは定かでないものの、漂ってきた食欲を唆る香りに忠臣はホッと息を吐いた。
「辛口で良かったよな…」
常に利桜の事ばかりが中心になってしまう自分に嫌悪感が増すが、それもこれも惚れた方が負けとは良く言ったものだ。
彼は自分の事をどれだけ思ってくれているのか、気にならないと言ったら嘘になる。
最近そんな事ばかり考えるのは、利桜の気持ちが全く見えないからだろう。
(俺だったら…)
利桜が泊まりで友達と遊ぶんて言われた日には反対はしないだろうが、きっとヤキモキしてしまうに違いない。
それとも利桜はとことん心が広いのだろうか。
考えれば考える程にあの綺麗な男の事が分からない。
幼い時からの付き合いとは言え、こう言った事は流石に読める筈も無いのは当たり前だが何とも言えないこの気持ち。
いっそ、幼馴染の延長線で誰とでも出来る事なんだよ、と笑顔で言われた方がマシなのでは、なんて事まで思ってしまう。
むぅーっと唇を尖らせながら、忠臣の脳内の如く鍋を掻き回す。
(出来た…)
タイミング良く米も炊き上がったらしい。
ピピっと鳴った電子音だが、それと同時にガチャっと扉の開く音も聞こえた。
「ただいま」
「お、おかえりっ」
意外と早い利桜の帰宅は、考えていた事が事だけに、びくりと忠臣の心臓を跳ね上がらせるがそれ以上に仕事終わりのスーツ姿の利桜に見惚れてしまうのだから始末が悪い。
「今日はカレー?」
「そう、辛口大丈夫?」
部屋中に香る匂いに気付かない訳の無い今夜の夕食。
もしかして昼食で食べたとか、なんて一末の不安を覚えた忠臣だがそれも杞憂で終わった。
「大丈夫。美味しそう」
ふふっと笑いながらネクタイを緩める姿に思わず両手を合わせそうになってしまう。
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