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構えている場所にボールが来るとは限らない
誰もが二度見してしまうであろう体積を誇るそれが、抜ける瞬間は未だに慣れない。
それは濡れた音がするだとか、ぬめった生々しさが襞越しに感じるだとか、そう言った意味も含まれるのだが、それ以上に。
(…離れる)
物理的な熱が無くなるのが一番切なく感じてしまうからかもしれない。
「忠臣?大丈夫?」
汗で張り付く前髪を掻き上げていた利桜が空いている手で忠臣の額も撫でる。
その姿は、まだぼうっとする頭でも分かるくらいの色香を放つモノで思わず息が詰まりそうになってしまう忠臣は精神的にも物理的にも語彙力を無くしてしまいそうだ。
「だい、じょぶ、」
そして、ついでにもう一つ。
事後のこの何とも言えない気持ちになるのは一体何なんだろうか。
以前は、
後片付けまでしっかりとっ!
利桜の手を煩わせる事等あってはならないっ!
次が無いかもしれんしっ!!
と、新たに違う意味での気合を入れ直さないといけなかったが、今は違う。
「忠臣」
「…何?」
利桜の灰色の眼がまだ色濃い。
折角落ち着いてきた気持ちがざわりと揺らぎ、忠臣は気怠い身体を起こすとそろりと利桜の首に腕を回した。
またもう一戦行われるのだろう。
忠臣には断る理由も無い。
(いや、だって…)
自分だって、甘えてもいいじゃないか。
すっかりこの身体は慣らされてしまっているのだから。
ふんっと利桜の首筋でこっそりそう改めて思う忠臣の意思は強い。
きっと今日も朝まで利桜に抱きしめられる様にして過ごせるのだ。
たまにインしたまま、なんて言う朝から心臓に悪い時もあるが、それも興奮材料の一つになるのだから、開き直るしかないのも一理。
一応平日は気を遣ってくれているらしく、次の日に影響が出る様な抱かれ方もしない、約束通りキスマークも噛み跡も目立つ処には付けない様にしてくれている。
前世はバファ○ンだったのではと思える程甘やかして優しさしか無い利桜に対してじわりと多幸感が膨れる忠臣だが、時折不意に心臓がきゅっと締め付けられる感覚があるのも自覚済み。
それが一体何なのか、とは、
「忠臣?何か考えてる?集中出来ない?」
「いや、ごめ、ん…っ、いた…!ちょ、もぅ、何で噛むんだ、よ…っ」
「見えるとこは噛んでないけど?」
それはそうだけれど、はっきり言って内股なんて肌の色が違うレベルになっていると言うのに、新たな噛み跡はまた元の色を遠ざけるのだろう。
(うぅ…)
銭湯とか無理だな、これ…。
小さく唸りながらも、二人の時は余計な事は考えない方がいいのだと、忠臣は恨みがましくも光悦した視線をゆっくりと利桜へと向けた――。
*****
十二月に入ると世は早々にクリスマスの匂わせに入る。
街は一気にイルミネーションやインテリアで華やぎ、聴き慣れたリズムカルな曲が流れ、行き交う人々も冷えた空気なんて関係ないかの様に楽しそうな笑みを浮かべているが、その空気に紛れて商う人間たちはクリスマス商戦に勤み、ギラギラとした野望が見え隠れしていたりする。
例に洩れず忠臣のバイト先のスーパーも店内に入ってすぐにクリスマスツリーを飾る事となり、それに抜擢された彼は本日オーナメントを片手にどう飾っていこうかと悪戦苦闘していた。
ただ飾るだけならば何の問題も無いのだろうが、意外とこういった飾り付けにはセンスが問われるだろう。
金色の林檎や小さい家、赤いリボンにスノーマン。
可愛らしいそれらだが、センスとは?
先程からそんな問い掛けに頭を悩ますものの、何時迄も時間は掛けていられない。
「取り敢えず…偏らない様にするか…」
天辺の星は最後に飾ろうと謎のこだわりを見せながら、検索した画像を参考にオーナメントを飾る忠臣の横を母親と来店した子供が眼をキラキラさせながら通り過ぎて行く。
(クリスマスか…)
そう言えば。
あれは幾つの頃だったか。
一度だけ母の仕事が遅くなったクリスマスがあった。
一人で待つのを覚悟し、用意して貰ったピザを楽しみにしていた忠臣だったが、夕方になりアパートにやって来た利桜が片手にケーキを持参。
ついでにもう片方にはチキンの入った袋を抱えて。
一体何事だと眼を丸くした忠臣を他所に、何ら遠慮等見せず、家に上がり込んだ利桜はにっこりと微笑んだ。
『二人でクリスマスパーティーしよう』
一人クリスマスを過ごすのだと思っていた忠臣にとって急な来訪者はその時の彼にとってはサンタクロースよりも嬉しい存在だった。
泣いてしまいそうになるくらいの、利桜の優しさ。
(変わってないよなぁ…)
そんな幼馴染は、今も目頭が熱くなる様な優しい恋人になっている。
(そっか…恋人になってからの、クリスマスなのか…)
改めて考えると、これは結構なイベントでは無いだろうか。
高校時代の彼女とはクリスマスを過ごす事もあったが、その当時の忠臣にはそんな大きなイベントとも思えなかったのかもしれない。ただ会ってプレゼントを渡して、軽く食事をして家まで送る。
(………うわ)
なんてくそ程つまらないクリスマスだったのだろう。
中学生カップルの方が『それらしい』クリスマスを過ごしているのでは無いだろうか。
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