構えている場所にボールが来るとは限らない

2/11
前へ
/108ページ
次へ
それほどまでクリスマスと言う行事に興味が持てず、それ以上に彼女達の方に重心を傾けれなかったのかもしれない。 それでも、幼い頃利桜と過ごしたクリスマスは正直母と過ごすよりも尊く、迎えようとしているそれも何か考えねば、と忠臣の中で焦りを生ませるだから、あの幼馴染の存在の大きさも分かると言うもの。 (そうだよな…やっぱクリスマス、だし…) プレゼントも考えねば。 ツリーの一番上に星を乗せた忠臣はよしっと勢い良く脚立から飛び降りた。 ***** ついでではあるが、志恩との鍋は年末に予定される事になっている。 忘年会を兼ねて、と言う尤もらしい理由ではあるが、このままでは安心して冬休みを迎えれる気がしないと無駄に気になる言葉を残し、コンビニのバイトも休止している友人が少々気になる所だ。 しかし。 非情に申し訳ないが今忠臣にとって優先すべきは、目の前の事だけ。 バイトを終え、駅のホームで利桜からプレゼントされたマフラーに顔を埋めながら一人唸る不審者の如き男の脳内は恋人の事でいっぱいだ。 (何したらいいんだろうな…) まず用意すべきはケーキ。 甘過ぎる物は彼の好みでは無い筈。スマホで検索してみれば、いつぞやに購入したチーズケーキ専門店の洋菓子屋が限定三十個で受付しているとあるが、間に合うだろうか。 (あ…やっぱダメだ…) 早々に予約が埋まったのだろう。 ホームページにて予約完売のお詫びと感謝の言葉が述べられている。 流石人気店とでも言うべきか。 では、取り敢えずケーキは利桜と相談するとして。 (プレゼント…だよなぁ…) 肌触りの良いマフラーを撫で付け、洩れるは溜め息。 こんなブランド品は流石にホイホイと購入出来るだけの余裕は今の自分には無い。 バイトを増やすかとも考えるが、冬休みを前に実習もかなり詰め込まれている今、ここにも余裕なんて無いだろう。 (うーん…) いや、と言うかーーー。 クリスマスは利桜と一緒に過ごせるのだろうか。 もしかしたら普通に仕事で遅くなると言う事も考えられるでは無いか。 たまに休日出勤もしているくらいだ。 「一応…聞いてみるかな…」 未だ自信が持てない己の存在。 折角想いが通じあったと言うのに、何だか以前よりもモヤモヤが広がっている気がする。 いや、気がする、ではない。 (モヤモヤしてるよなぁ…) 隣から聞こえてきたはしゃぐ声に一瞥すれば、そこには男女のカップルが談笑している姿がある。 手を繋ぎ、冬の寒さも関係ないくらいに楽しそうなその声音は、こちらもクリスマスの予定を話し合っているようだ。 「じゃあさ、ケーキはあたしが作るよぉ」 「お前作れるの?普通に買った方が安心じゃね」 「大丈夫だってば、絶対美味しいからぁ」 「じゃ、やってみれば?材料無駄にするなよ」 「ひっどーいっ、でも、もうそう言う素直じゃないとこも、好きぃ」 それは良かったですね。 聞きたい訳じゃないが聞こえてくる声に心の中でこっそりと相槌を打つ忠臣は肩を竦める。 (そう言うとこが、好き、か…) 他人の惚気ながら何とも微笑ましい。 ご馳走様と両手を合わせてやりたいくらい。 「………」 しかし、そう思うと裏腹にピタリと動きを止めた。 (あれ…) 利桜は、自分の何処が一体好きなのだろうか。 ふっと浮かんだ何でもない疑問。 誰しもが一度は考える、付き合いたて恋人あるある。 だがそれは、一度浮かんでしまえば、消える事の無い、いや、ずっと忠臣の中の根本にあった疑問なのかもしれない。 (え、いや、待って) 幼馴染の好きと恋人としての好き。 それは本当に利桜の中で分けられているのだろうか、と。 (いつ、から?) 忠臣が男が好きだとカミングアウトした時から? お試しで付き合う中? セックスをした時から? 忠臣の身体を作り上げていく最中? もしかして、 (身体の相性が思いの外良かった、とかじゃねーよな…) 己の具合を自画自賛したい訳では無い。 でも、拭えない疑念は忠臣の中で大きく膨れ上がり、またじわりと波紋の様に広がる。 「…まさ、かな、」 声に出した不安を払拭させる為の言葉は、ホームに入ってきた電車の音に掻き消されるのだ。 ***** 「え…」 「だから、クリスマス。ケーキはこっちで用意したけど、当日は待ち合わせして一緒に買い物とか出掛ける?」 バスタブの中で背後から利桜に抱かれる形で湯に浸かる忠臣は首を捻り顔だけを後ろへと回すと、湯を滴らせながらにこりと微笑むその顔をまじまじと見詰める。 「クリスマス、に?」 「そうだけど。いや、もしかしてクリスマス何か用事ある?実家に戻るとか」 こてっと首を傾げる利桜へぶんぶんと髪から水滴を飛び散らせる忠臣は顔は湯当たりとは別物で赤い。 利桜もクリスマスの事を考えてくれていた。 自分だけではなかったのだと。 「し、仕事とか大丈夫?」 「勿論。定時に上がらせてみせるよ」 風呂場で反響して聞こえる、ふふっと楽しそうな声音に嘘は見えない。 「あのさ、」 「うん?」 「……え、っと…あー…利桜くん、は、欲しいものとかあったりする?」 うん、流石に今は聞けない。 『俺の事どこが好きな訳?いつ好きになってくれたの?』 なんて。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4091人が本棚に入れています
本棚に追加