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「優さんを殺した犯人は、安東以外の誰か……」
私は自分の独り言を何度も反芻した。
ふと後ろを振り向く。
当然ながら、そこには誰もいない。
でもなぜか、薄靄の中から見張られているような、意識した途端に周囲の空気が凍り付いたような、一瞬だけ知覚したそれは、そんな奇妙な感覚だった。
「駄目ね。疲れているんだわ」
たしかに身体の疲労は、私自身さっきから強く感じていることだった。
いまは何も考えてはいけない。
何も考えずに家に入って、ベッドで横になった方がいい。
それから、ゆっくり考えよう。
ドアを少しだけ開けると身をよじるようにして滑り込む。
そして、振り返りざまに二つ付いている鍵とチェーンを厳重にすべて下ろした。
「優さん――」
私は、たしかに安東弥生を恨んだ。
殺してやりたいと願い、そして今日、確実に殺した。
でも一度だって。
心に誓って一度だって優さんを恨んだりはしなかった。
いったい誰が、欲に取り憑かれたあの女を除いて、いったい誰があんなにも優しかった優さんを殺すというの?
私はリビングのソファーにしな垂れかかり、ローテーブルに昨日出されたまま放置されていた優さんのブランデーを手に取り、切子の入ったグラスに注いだ。
透き通った赤褐色の液体から馨しいにおいが立ち上り、私をゆっくりと酔わせてくれる。
切子の入ったグラスは差し込む朝日を乱反射し、壁に、床に、そして天井に、幾何学的な模様を映し出す。
ふと、あの女を埋めた庭が視界の隅に入る。
優さんと供に話し合って、インテリアを配置した庭は、ぽっかりと空いた大きな穴のために美しい景観が大分損なわれてしまっている。
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