二章

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 白い金属のテーブルセットは、そこでお茶会ができるように塗料が落ちて手が汚れないようなコーティングが施されている。  他にも少々値は張ったらしいが外国の彫刻家に作らせた日時計が、庭の端の方に小ぢんまりとした自らの領地を主張している。  もっとも、この日時計は本来、庭の真ん中にあるべきものだ。  私はそこで初めて、違和感に気が付いた。  口をつけたブランデーが回り始めたようで視界がぼやけて見えるが、たしかにこれは(おか)しい。 「どうして、どうして……。どうして庭に、」  あそこに私は、安東弥生を投げ込んだのだ。  そして間違いなくその上から土をかけて埋めた。  刑事がやってくる直前まで、一睡もせずに穴の埋め戻しをやっていたのだ。  そうだというのになぜ?  私はブランデーの入ったグラスを床に落とす。  ガシャン、という短い炸裂音が部屋に響くと、床からは強烈な芳香が立ち上った。  液体は私の靴下を濡らし、絨毯を濡らし、匂いとともにゆっくりと広がっていく。  庭の片隅に群れ咲いたヒガンバナの深紅が、初めて私の目に入った。 「どうして……」  汚れるのも気にせずガラス戸を開け庭に下り立ち、這いずるように大きな口を開けた穴を覗き込んだ。  それはまさしく今日の午後、優さんが家を出た後にあの女を埋めるために私が掘った大穴で間違いはない。  でも、そこには肝心なものがどこにも見当たらなかった。  。 「まさか――」  私はある可能性に思い至った。  あの女が、まさか。  私に殴られ埋められた後、自力で脱出して優さんを殺しに行ったのではないか、と。 「い、いや。それは絶対にあり得ないわ。起こるはずのないことだわ……」  そうだ、それではたしかに時間が合わない。  私が安東を殺した――少なくとも重傷を負わせた――のが午前零時三十分ごろ。それで埋めて土をかけ終わったのが約三時ごろだから、優さんの死亡推定時刻とは矛盾する。  仮に生きていたとしても、その時間帯は土の上に私がいたのだから脱出できるはずがないのだ。  じゃあいったい……。  これはどういうことなのだろうか。  私はたしかに安東弥生を殺した。ならば、私が刑事さんと出かけている間に何者かが庭に忍び込み、安東の死体を運び出したということ?  いったい誰が、何のために?   そこまで考え至った時、今日経験したものの中で、最も強い戦慄が私の中を駆け巡った。
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