二章

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「見られて、いた?   誰かに、誰かに私が安東を殺すところを。  そして埋めるところを、見られていたというの……?」  そしてその相手は、優さんを殺した犯人なのだろうか。  さっき玄関先で感じた生々しい視線。  パトカーが去って少ししたときに感じた、あのなめまわすような、身体中にへばりついてくるような  気持ち悪いあの視線は、気のせいじゃなかったということなのだろうか?  私は震える手を押さえながら、洗面台の前に置いてあった安東の洋服と鞄を確かめるために浴室の方に急ぐ。  からり、と子気味の良い音を立てて引き戸を開ける。  煌々とした蛍光燈のもとにはたしかに安東の持っていた鞄と、そして無造作に散らばっている洋服類があった。  安東を掘り返した者は室内には興味がなかったということなのか?   いや単に犯人は窓やドアを破壊して家の中に入ることを嫌ったのかもしれない。  私はひとまず謎の人物が室内にまで入ってきていないことを確認すると、ほっと一息ついた。  心臓は終始、心地の悪い早鐘を打っていたが、それもだいぶ収まって、ようやくリビングの床にブランデーを零してしまったことを思い出した。 「いけない。掃除しなくちゃ」  私は再び庭の見えるリビングにやってくる。  そこではやはり想像していた通り、ブランデーがローテーブルの下の絨毯に大きな橙色の染みを作ってしまっていた。  掘り返された庭が見えていると落ち着かないので、レースのものだけではなく天鵞絨(ヴェルヴェット)のような分厚い窓掛けで朝日を遮光する。  これは完全に染みを取り去ることはできないだろうな、などと考えながら染みのそばにしゃがみ込むと、なんだか視野がぼやけてくる。  優さんの訃報を聞かされて初めて、私の双眸から涙が零れ落ちた。  不思議だな、と思う。  どうして悲しみを忘れていられたんだろうか。  どうして彼の死を忘れていられたんだろうか。恐怖や不安が忘れさせてくれるなら、ずっとそうしていてくれればよかったのに。  ひとつ、ふたつ。  絨毯に新しい染みを作っていく。  私は涙を袖で拭い、窓掛けを睨みつけた。  どのような理由であれ、私の罪を知り、そして尚且つ優さんを殺した人物が、私の近くにはいる。  誰だろう。いったいそれは……。  それがはっきりとわかるまで、私は気を抜くわけにはゆかない。  最愛の優さんが殺されてしまったというのならば、もう私がこの世に生きる理由はない。  でも、優さんを殺した人物をこのままのうのうと生かしておくわけにはゆかない。  復讐する、とは云わない。  私は純粋に知りたいだけだ。  なぜあんなにも慈愛のある優しい人を殺さねばならなかったのか。  見方によれば彼は私を裏切ったのかもしれない、酷い人間なのかもしれない。  それでも、それでも私は彼を愛した。  どうしても彼を憎めなかった。  それなのに、優さんを殺した犯人は、きっと彼を憎んだのだろう。  いったいなぜ?   彼をよく知る人ならば、そう簡単に彼は憎めないはずなのに。  だから私は知りたい。  犯人は、どうして優さんを殺さなくてはならなかったのかという、その動機を。  何としても……。  私の涙が止まってブランデーの染みこんだ絨毯を片付け終わった時、今日で二度目の玄関のベルが鳴った。  少し間隔を開けてさらにもう一度、鳴る。  壁に掛かった時計によると、時刻は七時三十五分。  刑事さんが何かを伝えに来たのだろうか?  それとも……。  私はその先の言葉を呑み込む。  外でさらさらと草木が揺れた音がする。  さっき見た庭のヒガンバナは、きっとすべてを見ていたのだろう。  私が安東を埋めるところも。  そして謎の人物がそれを掘り返すところも。  そう考えると、庭で群生する美しい深紅の花々が私には突然なにかもっと禍々しい得体のしれない、悪しきものに感じられて思わず身を竦めた。    私は玄関ホールに向かって一歩、二歩と、ゆっくりと歩みを進めていく。
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