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三章
玄関に聳える分厚く背の高い青鈍色の鉄扉が、ここまで威圧的であり恐ろしいものに感じられたことは、かつて一度たりともなかっただろう。
再び玄関のベルが鳴らされる。
入江の漣が灯の光を受け乱反射するかのように、玄関の四壁に反響する。まだ幽かに残響が残ったまま、私はノブに手を掛けた。
黄金色のノブは冷たく、手のひらに掻いた汗がいくつかの雫を作って私の指の間からチェック柄に組まれたタイルの上にすべり落ちる。
「はい――、どなたでしょうか?」
私は恐る恐る重い扉を押し開き、隙間から玄関先を覗いた。そこにあったのは、令状を携えた刑事たちの顔でもなければ、残酷な笑みを浮かべた殺人犯の顔でもなかった。
いつもの通りの少し野暮ったいような分厚い眼鏡。細身のスラックスに質素な黄色いパーカーを合わせた青年――西山奏一の顔だった。
「千聖さん、大丈夫ですか。顔が真っ蒼ですよ」
彼はそう云うと、すたすたと私の方に駆けて寄って来る。
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