三章

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「ええ、大丈夫。ただ少し……、疲れてしまったみたい」  ふらりと、不意にまた例の立ち眩みが襲ったような気がして、私は玄関の柱に凭れかかった。  彼は支えるかのように私の肩に左手を添え、幼さの残った眉間に皺を寄せて云う。 「兄さんのこと、ですか……」  彼の表情はどことなく虚ろで、私にはなぜかとても物憂げなものに見えた。  夏の陽射しに炙られた生暖かい空気は、それが醸し出す()えたかのような不快な刺激臭とともにむわりと立ち上り、家の中に侵入してくる。  私はゆるりと顔を上げ、 「今日は少し空気が悪いわね。上がって行く?」  顔を顰めながら云う。  彼は一瞬少し遠慮気味に目を伏せるが、私の体調に気を遣ったのかこっくりと頷き、 「ええ――、お言葉に甘えて上がらせていただきます」  明朗な声でそう云う。  奏一が後ろ手に鉄扉を閉じると途端によく冷房の効いた室内の空気を感じることができるようになる。彼は靴を脱ぎ、そのままスリッパを履くと廊下を少し進んだところで立ち止まり、沈鬱な表情のまま、 「まさか兄さんが殺されるなんて、信じられませんよ」  しきりにその茶味がかった真っ直ぐな髪の毛を掻きまわしながら云う。
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