三章

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 夢の中で、目の前には安っぽい木製の扉が二枚ある。気が付けば私は一本の金属の鍵を強く握りしめていた。  金の地に螺鈿細工が施された、妙に装飾の凝った高級そうな鍵だった。  どちらの扉の鍵だろうか。どちら扉の向こうへ行くのが良いのだろうか。  そんなことを頭の中で反芻しながらも――どちらの扉を選んでも扉は開くという、漠然とした、それでいて確信に近い直観が、ふと、頭の中で鎌首を擡げる――右側の扉の鍵穴に鍵を差し込み、その扉を開けた。  その先には、どこまでも深く、そして暗い茫漠とした闇が広がっていた。  果てなく広がる闇の世界にはほとんど灯りというものが存在しない。  足元も覚束ないその部屋を、私はゆっくりと、まるで彷徨するかのような足取りで進んだ。  どすり、と不意に左の爪先に重量のある奇妙な衝撃を感じて立ち止まる。  何だろうか、こんなところに落ちているものなんて……。  ふと、私はズボンの左ポケットに、何やら硬い物体が入っていることに気が付いた。  確認するためポケットの中に手を入れてみると、それの外形は四角くて側面には何やらざらざらとした手触りのものが付着しているようだった。  手のひらで包み込むような慎重な所作でその箱を取り出してみる。  大きさや手触りからして、それがマッチの箱であるということは、ここにいる私でもすぐに理解することができた。  私は迷わずそれを開け、たくさん入っている中から一本のマッチ棒を摘まみ上げ側薬に擦り付ける。  途端、ボウっという音とともにあたりの空間が一気に見渡せるほどの明るさになった。  私がいまいるこの部屋はどうやら思ったよりも広くはなく、畳で云うと十六畳くらいだろうか。奥の方は依然見通せないままだが、突き当りに薄ボンヤリとした白壁を見ることができる。  私はようやくマッチを擦った本当の目的を思い出し、左の足元に転がるその物体に目を落とした。  そこにあったのは、。  私が殴り殺した時の姿勢そのまま、まるでたったいま死んだかのように頭から鮮血が流れ出しており、薄暗くて真っ黒に見える眼窩には何故かまだ生気が残っているかのようにも感じられる。  自分が犯した罪の証をこうして目の前にしても不思議と私の心には漣ひとつ立たず凪いでいて何一つとして感情というものが湧いてこない。  夢だということがわかっているからだろうか?  ――いや、それは違う。  という奇妙な確信が、唐突に首を擡げる。  そうだ――。私はこの女を自分の意志で殺したのだ。愛する優さんを守るために、私がこの手でたしかに殺した。  だから死体は庭に今もある。  それが最も自然で、違和感もなく、理にかなったことなのだ。  それなのに現状はいったいどういうことなのだろう?   どうして死体が突然、姿を消したりするのだろうか?    ゆらり、と小さくなった灯が揺れる。  マッチの灯はそのままだんだんと小さくなっていき、次第に部屋の中の明るさが薄れていった。  きっとこのマッチが消えた時、私は夢から覚めるのだろう。  足元から安東弥生の死体の気配が、まるで闇に溶け込んでいってしまうように消えてていく――。  私の意識もまた同様に、微睡の中へ引きずり込まれていった……。
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