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「目が覚められたようで良かったです。
幸いなことに頭にお怪我はされていないようですが、まだお気分は悪いですか。
もしでしたら薬を調達してきましょうか」
そう云って心配そうにのぞき込む件の若手刑事の姿が目に映る。
ここは、パトカーの中だろうか。
私は結局意識を失ってしまったのかもしれない。
「いえ、結構です……」
眩暈に襲われたというのに気分は特段悪くもなく、身体を打ち付けて痛むということもなかった。
「あの……、安東弥生のことでまだお伺いしなければいけないことがいくつかありまして……」
「ああ、あの女の、ことですか」
私は頭を押さえながら物憂げに云う。
「旦那様がいわゆる……その……、浮気をしているということ、奥様はどの程度ほど知っていらしたのでしょうか」
刑事は黒革の手帳を取り出し、メモの用意をしているようだった。
正直に云うとほとんどすべて、というのが正しい。私は夫の携帯電話のチャット履歴で、すべてを知っていた。安東弥生という水商売をなりわいとする女の存在も、そしてそれに入れ込んでいる彼の気持ちも。
そして安東と優さんはすでに客としての付き合いを超えているということも、何となくではあるが感じることができていた。
「安東弥生という女のことは、名前だけは聞いたことがあります。主人が妙に入れ込んでいるということも。
でも、そのくらいです」
私は嘘を吐いた。
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