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 皆が引き上げた広間は静けさを取り戻し、窓から差し込んだ斜陽が床に長く伸びていた。最後に広間を出たフヴェズは、出入り口に立つ執事に気づいて声をかけた。 「久しぶりだな」  執事は普段の穏やかな顔を失っていた。 「大喧嘩あれ以来だから三年ぶりか」 「私たちの時間では三十年だ」  執事の琥珀色の目が怒りに燃えている。 「妹と仇は見つけたのか」  フヴェズは何食わぬ顔で続ける。 「なぜ戻ってきた」  私に殺されにきたのか、と執事は低い声で言った。 「まだ俺が憎いか?」 「まだ?」  執事は鼻で笑う。 「お前を殺した程度でこの怒りが収まるとでも思っているのか」 「お前変わったな。昔はお上品な貴族だったのにな」  執事はフヴェズの胸ぐらを掴んだ。頭一個分ほどある身長差にも怯まず、執事は怒りを発露した。 「誰のせいだと思ってるんだ」 「前にも言ったろ? 俺は直接関係ない」 「あのオーガはお前の仲間だった」 「仲間ねぇ。一時期つるんでいたが俺はあいつを仲間だと思っちゃいないし、そもそもお前たちの城を襲ったのは、あいつとお前の親父だろ?」 「ふざけるなッ!」 「山羊のキメラ風情がオーガの俺に勝てると思うのか」  フヴェズは口を歪めて奇妙な嗤い声を発した。  執事の山羊の耳は怒りで毛が逆立ち、琥珀色の瞳は激情に駆られて爛々と光っている。 「片角の罪人め。その残りの角も切り落としてやるッ」  執事は懐からナイフを取り出し、フヴェズに切りかかろうとした。 「やめろ」  魔術師の声が低く響いた。その瞬間、執事の右腕に刻まれた呪文が眩い光を放ち、気がつくと広間の床に倒れていた。  どこからともなく魔術師が姿を現す。 「そんなことだろうと思ったよ」  魔術師は執事の目の前で止まり、冷たい目で見下ろした。 「……申し訳ありません、主」  執事は深く首を垂れた。  魔術師はため息をついた。 「お前たちの禍根にどうこう言うつもりはないし、復讐を止めたり手助けしたりするつもりもない。が、時と場所を弁えろ」 「……はい」  先程までの怒りが嘘のように執事の声はかぼそく震えていた。  魔術師はフヴェズに向き直る。 「俺は何にもしてないぜ」  フヴェズは両手を上げて潔白を訴えた。 「……面白い話ってのは、こっちのことじゃないだろうな」  魔術師の顔に怒気が露わになる。 「まさか。話はさっきのことだよ」 「なら何しに来た? 今度はこちらに取り入ろうって魂胆か」 「いいや、俺は誰の味方でもない。お前らにも〈英雄〉側にもつく気はない——」  フヴェズは笑った。オーガの凶暴さと妖艶さが混じった禍々しい笑みだった。 「《俺の貴婦人(忘れ物)》を取りに来たんだよ」
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