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6
野草に覆われた平原に風が渡ると命の匂いを吹き上げた。若葉が生い茂り、朝露が輝くこの美しい野は、まもなく数多くの血と暴力で踏み荒らされ、荒地に姿を変える——。
すでに両軍はそれぞれ敵を迎え撃つべく戦場となる平原に展開している。
「一匹残さず殲滅するぞ。今日、我らこそがこの島の支配者であると知らしめるのだ」
侍従の声が厳然と響き渡る。
魔者を屠らんと集まったドラゴンやベヒモス、ケンタウルスたちが咆哮をあげ、サイクロプスやヒュドラ。グリフォンたちはいまや遅しと体を震わせ、ケルベロスたちが遠吠えをあげる。
「壮観だな」
戦闘用の装備——マントを羽織り、盾代わりに左手だけに着けた金属製の籠手と、前の持ち主の血がこびりついた兜を身に着けた騎士がため息を漏らす。
「総力戦だ。互いにな」
傍に立つ魔術師は鼻を鳴らした。深く被ったフードに隠れて表情は窺うことができない。
「で、あれが〈中央〉の奴らか」
〈国王軍〉の前線には見慣れない装備の兵士が混じっている。
「そうだな」
「島の奴らと比べると軽装というか」
「軽装の奴らは術師だ。黒い防具の連中がその護衛役の騎士たちだ」
「〈黒鷲〉だから装備も黒いのか」
騎士は感心したように言った。
「奴らが身に着けてる文様をよく覚えておけよ。あれが〈黒鷲〉を示す文様だ」
魔術師は使い魔からの映像を目の前に映し出した。
術師はベンドという肩からたすき掛けにした布に、騎士は腰に締めたベルトに〈黒鷲〉の文様を刻んでいる。
「判りやすくていいな。〈国王軍〉はいろんな奴らが混じっててよく判らねえ」
「どうせ全員殺すんだ。関係ない」
騎士は魔術師を見てニヤリと笑った。
「言うね」
「事実を述べたまでだ」
確かに、と騎士は肩をすくめた。
「それで、フヴェズはいいのか?」
「奴は〈英雄〉側に行った。執事は城に残っているし見張りもつけてるから問題ない」
「あいつも怒るんだな」
「山羊と魔者の合成獣だが奴は人形じゃない」
土人形とは違う、と魔術師は冷たく言った。
「……そうだな」
会話を裂くようにドラゴンの咆哮が響き、開戦がまもなくと悟った騎士は片手半剣を抜いた。
柄頭に埋め込まれた水晶が朝日に煌めく。
「……〈師匠〉」
魔術師は口の中で呟いた。
魔物の子は陛下のそばに控えていた。狼の面と毛皮を着け、錆色のマントをまとい、剣を提げる姿はまさに人狼であった。
侍従も漆黒のマントに身を包み、陛下の後ろで開戦の時を待っている。
陛下は〈国王軍〉の準備が整うのを待っておもむろに口を開いた。
『進め』
巨群が波のようにうねり、平原を海のように進攻し始めた。
〈国王軍〉も鬨の声を上げ、猛然と動き出した。
——血戦か——
後衛に留まる魔術師は、早くも流れ始めたおびただしい血と切り落とされた四肢や横たわる死骸を平然と眺めていたが、
——何かおかしい、と言い知れぬ不安を感じた。
「探るか」
魔術師は狂乱の場に足を踏み入れた。
騎士は襲いかかる敵を倒しながら〈槍手〉を探して敵陣の奥へ進んでいた。
「あいつも違う。こいつも違う」
片手半剣を振るうたびに崩れる落ちる兵士には気にも留めず、返り血を浴びることも厭わず敵陣を切り裂く様は美しささえ感じさせた。
「探してんの、オレだろ?」
突如耳に飛び込んだ声に騎士の動きが止まった。その一瞬を突いて頭上から槍が降ってきた。
「〈槍手〉」
流星のごとき初撃をかわし、騎士が剣を構え直す。
「えっ、オレのこと知ってんの」
体勢を立て直した〈槍手〉が騎士に笑顔を向ける。無邪気さと残酷さが混じった不思議な笑みだ。
「あぁ、初めましてだがな」
「あ、あんた〈騎士〉だろ?」
そうだと騎士が頷くと〈槍手〉は白い歯を見せた。犬歯が尖っているのはオーガの血を引いているからだろう。やや長い耳と白金の髪色はエルフの、やや小柄だが屈強な体はドワーフの血がそれぞれ影響しているのだろう。どの種族でもない〈混成種〉はある意味究極の種族ではないか、と今まで見たことのない異質な雰囲気を持つ〈槍手〉を見ながら騎士は思った。
「ヨハンが、じゃなかった。〈隊長〉からお許しが出たんで戦いに来た」
緑青色の目が喜びに輝いている。
「お前も同類か」
唇の端を歪めて騎士が嗤う。
「さぁどうだろうな」
言うが早いか、〈槍手〉が騎士めがけて襲いかかった。
戦闘は混沌のなか攻防を繰り広げ、次第に〈国王軍〉の前衛を押し潰していった。
急造された砦は二つとも壊滅状態で、おびただしい死体が山のように折り重なっていた。そこには兵士やドラゴンの区別はなく、等しく無惨な肉塊となって血の海に浮かんでいる。
侍従は刻々と変わる戦況を見ながら使い魔を飛ばして逐一指示を出している。
〈国王軍〉がロタ川まで後退した時、侍従は術によって戦況を示す地図から顔を上げた。
「……何だ」
使い魔から送られてくる戦況はこちらの優位を示している。
しかし侍従はどこか不気味さを感じていた。
「〈魔術師〉よ」
侍従は魔術師を探した。
魔術師は血に染まるロタ川の岸にいた。
侍従の声が頭の中に響く。
「何だよ」
「おかしいぞ、この戦。何かがおかしい」
冷徹な侍従が珍しく焦りを見せた。
「判ってる」
襲いかかる敵をゴーレムに任せて魔術師は戦場を密かに調べていた。が不気味な予感の正体はいまだ掴めずにいた。
「〈庭〉には間違いないんだ。だが」
何かが違う、と魔術師は爪を噛んだ。
「まだ川は越えるな。〈隊長〉の居場所が掴めない」
開戦直後に本陣を探ったが〈隊長〉の気配はどこにもなく、その護衛を担う〈槍手〉が前衛に姿を現し騎士と交戦を始めたことによって、〈隊長〉の所在が完全に判らなくなっていた。陛下の許まで殴り込んでくるかと魔者の子に見張らせているがその気配もない。
「だが時間がないぞ」
〈隊長〉はこの戦場のどこかに潜み、〈庭〉を発動させんと働いている。
「判っている」
魔術師の声に怒気が滲む。
「おい」
騎士に魔術師が呼びかけた。
「なに? 俺の助けが欲しくなった?」
〈槍手〉と斬り合いながら騎士は嬉しそうに応えた。
「お前が相手してるのは〈槍手〉か」
「そうだぜ」
「間違いないな?」
魔術師が念を押す。
「なぁお前、〈槍手〉だろ? 〈守護〉の」
騎士が槍を受け止めながら聞いた。
「あぁ、そうだよ。オレは〈槍手〉。通り名はハンスッ」
〈槍手〉は渾身の一撃を放った。あまりの衝撃に騎士の片手半剣が吹き飛んだ。間髪入れずに〈槍手〉は一撃を繰り出し、騎士は左腕の籠手でかろうじて受けとめた。
「どけ」
騎士は右手を〈槍手〉の横腹に叩き込んだ。術をまとった拳は〈槍手〉の体を軽々と跳ね飛ばしたが、空中で身を翻して見事に着地した。
騎士は舌打ちして片手半剣を拾った。左腕の籠手が割れ、鋭い音を立てて地面に転がる。
「見てただろ? 奴は〈槍手〉だ」
騎士は魔術師に問いかける。
「あの入れ墨、確かに〈槍手〉だ」と魔術師は答えた。
〈槍手〉の背中には〈黒鷲〉の紋章が刻まれている。〈守護〉の一族は仕えるべき相手を決めた時、献身の証として相手の紋章をその身に刻む——ほとんどの〈守護〉は〈中央〉の王の護衛として生きるが、〈槍手〉のように他家に仕える場合も稀ながら存在する——。〈隊長〉は出自の家を滅ぼしたので、授けられた〈黒鷲〉を自らの紋章としている。
「何でお前ここにいるんだ」
騎士は魔術師の言葉を代弁した。
「何でって、あんたと戦う為だよ」
「お前、〈守護〉だろ? 〈隊長〉様はどうしたんだよ」
「あれ? 知ってんの」
騎士はハッタリをかます。
「全部お見通しだ」
〈槍手〉はしばらく考え込んでいたが、
「まっいっか。とにかくオレはあんたを倒せばいいんだから」
と槍を構えた。
「馬鹿だな、お前」
騎士は呆れたように言った。
「だが、まぁ、嫌いじゃあないぜ」
騎士と〈槍手〉はそれぞれ構えた。次の斬り合いで決着がつく。ふたりともそう感じた。
「いたぞ」
魔術師が声を上げた。
「トラキスの丘に現れた」
「〈庭〉はどうだ?」
侍従が叫ぶ。
魔術師はその場に膝をついて片手を大地につけた。目を瞑り、息を吸う。
「……まだだ」
侍従が安堵のため息を漏らした。
「〈庭〉の発動はこれからだ。ならばいま一気に川を渡り、トラキスの丘を攻め落とそうぞ」
「〈槍手〉はまだ騎士と戦ってる。〈隊長〉を落としに行く」
「お前は背後から行け。我らは正面から突破する」
「……改めて警告するが、あんたらの配下になった覚えはないからな。そこを忘れちゃいないだろうな、侍従様よ」
魔術師は敵意を隠さなかった。冷たい声が侍従の耳を貫く。
「判っておる。……お前は好きにしろ」
陛下に背かぬ限りは、と今度は侍従が凄みをきかせた。
魔術師は立ち上がり、丘の方を見つめた。
〈隊長〉の出現の前後、〈国王軍〉はついに川の奥まで後退した。侍従たちは丘を目指して一気に進み始めた。出会う敵すべてを薙ぎ倒しながら丘の目前まで来た時、
『出づ』
陛下の声が降ってきた。
「あぁ、陛下。陛下がお出ましにならなくとも、まもなく私めが」
陛下はすでに魔者の子を従えて川のそばまで来ていた。
「陛下がお越しになる前に決着をつけるぞ」
侍従は声を張り上げて丘を目指した。
「ハンスッ」
騎士と〈槍手〉の斬り合いを怒号が突如打ち破った。
騎士が声の方を見やると、
「上だ」
分厚い鉄の塊のような剣がまさに振り下ろされようとしていた。
すんでのところで身をかわし、騎士は飛び退いて体勢を整えた。
「ジャックじゃん。何の用だよ?」
ジャックと呼ばれた兵士は大柄で——ひときわ長身の騎士と変わらぬ背丈であり——しかも身の丈に迫る大剣を軽々と扱い、俊敏な動きでその接近を騎士に悟らせなかった。
「お前も強そうだ」
騎士は湧き上がる闘争の念に高揚した。
「お前とは無礼な。我が名はジャック。〈隊長〉より〈側近〉の称号を授けられし者」
〈側近〉はふっと息を吐いて続けた。
「高潔なエルフの血を持つ貴殿がそのような振る舞いをするとは、一族はさぞ嘆かれるだろう」
「あいにく俺は一族と縁を切ってるんでね」
軽口から一変して騎士は怒りを剥き出しにした。
「そんなことを言いに邪魔しに来たのか」
「まさか」と〈側近〉は首を振った。
「この世の思い出に、ひとつ私と手合わせ願いたい」
思わぬ答えに騎士は言葉につまった。
「えっ、オレが戦ってたんだけど」
〈槍手〉が不満そうに口を挟む。
「ハンスよ、……〈隊長〉がお呼びだ」
〈槍手〉の表情が一変する。
「判った。じゃオレ行くわ」
背を向けた〈槍手〉が不意に振り返って、
「悪いな、時間切れだ。決着つけたかったけど、ヨハンの力にならなきゃいけないんだ」
と騎士に笑いかけた。
呆気に取られた騎士は去っていく〈槍手〉の背中をしばらく眺めていた。
「というわけで貴殿には、この〈側近〉の相手をしていただこう」
〈側近〉が大剣を構える。
騎士は大きなため息をついた後、片手半剣を構えた。
「まぁいいか。どうせ皆殺しにするんだし」
騎士の声はひどく冷たかった。
〈隊長〉のいる丘の背後へ回ろうと大きく迂回する魔術師の足元が、突然崩れた。
あいつだ——。
魔術師はその姿を捉える前に土の中に隠していたゴーレムを呼び起こした。
「行け」
ゴーレムは姿の見えない敵を探して動き出した。
頭上から飛来する炎の矢をかわして魔術師が術を放つ。姿を隠していた敵が術に囚われてその姿を晒した。その一瞬をゴーレムが捉えて一撃を喰らわせた。
地面に転がる敵を見据えて魔術師が呟いた。
「お前、あの時の」
昨夜、偵察の時に使い魔を落とした術師だった。
「我が名は〈小姓〉リュカリュ。我が主〈隊長〉の命により、お前を倒す」
白濁した目で魔術師を睨みつける。
「忌々しい魔術師め」
〈小姓〉は聞きなれない言葉を吐いた。それが呪文だと気づいた魔術師は即座に風を起こして身を翻した。
「こいつ」
魔術師は、炎の矢を放ちながら素早く立ち回る〈小姓〉に苛立った。
単なる術師ではない、と魔術師は直感した。
ゴーレム三体を使役して〈小姓〉を追い込み、隙を縫って飛び出たところを四体目のゴーレムに狙わせて、ようやく生捕りにした。
小柄な〈小姓〉はゴーレムの大きな手の中にすっぽりと収まっている。
「お前、ハーフリングの血が混じっているな」
魔術師は〈小姓〉の顔を見て呟いた。
やや大きめの耳と比較的小柄で華奢な体型、成人しても幼さの残る顔立ちと色素の薄い肌がハーフリングの特徴である。
〈小姓〉にはいくつかの特徴が見てとれる。
「その目は失明しているようだが、いまは術の力で見えてるんだろう」
〈小姓〉は無言のまま魔術師を睨み続けた。
「何にせよ強さが足りない」
魔術師は〈小姓〉の目の前に手をかざした。
「残念だったな。主命を果たせなくて」
「待てッ」
静かな、しかし獰猛さを秘めた声が陛下と魔者の子の行く手を阻んだ。
——〈英雄〉——。
「この先へは行かせない」
陛下がわずかに眉を顰めて構え始める前に、魔物の子が一歩前へ踏み出した。
「退いてくれ。あなたとは戦いたくない」
〈英雄〉は悲痛な面持ちで叫ぶ。
『愚者よ』
空気さえ凍らせるほど冷たく暗い声がこだまする。
『去れ』
銀色の眸が金色の光を帯びる。
陛下の発露する怒りとは裏腹に美しく幻想的な光が空間に広がる。
侍従が愛する陛下の業——それがいま目の前で発現せんと光の枝を伸ばしていく。
『覚えよ、この世を、己が名を、我が怒りを』
陛下の厳然たる言葉が歌のように響く。
光と声が〈英雄〉を包み込もうとしたその瞬間、
「ご機嫌よう」
——魔王陛下——
柔らかな声が雷鳴のように轟き、空間を切り裂いた。
銀色の眸が丘を見据える。
遥か丘の上から魔王を見据える影があった。
——〈隊長〉——。
「ようこそ、わが〈庭〉へ。あなたをお招きできて光栄の極みでございます」
〈隊長〉の声は心地よく、そして無惨に心をかき乱した。
吐き気を催すほどの威圧感に〈英雄〉と魔者の子は思わず膝をついた。常人ならば血反吐を吐いて落命するほどの強い力が満ち溢れている。
「魔王陛下、そして魔物どもよ」
〈隊長〉が目の前に現れた。
「さぁ、どうぞお眠りください」
薄紅をまとった金髪をゆらめかせ、同じ色の瞳を細めて魔王を見据える〈隊長〉は、もはや人ならぬ者のように思えた。
白い闇が急速に翼を広げる——。
魔術師は空を見上げた。
「始まった。これでお前たち魔物も終わりだ」
息も絶え絶えな〈小姓〉が言葉を絞り出す。
「まさか〈庭〉か」
〈庭〉は、すでに島の三分の二近くを覆っている。
「これほど広大とは」
魔術師は顔を歪めた。
「忌々しい魔術師。……お前のような、心を捨てて……魔物に成り下がった裏切り者は跡形もなく消えてしまえばいい……」
〈小姓〉の呪詛は魔術師の一撃で止んだ。頭蓋を割られて〈小姓〉は絶命した。
「裏切り者、か」
魔術師は自嘲を漏らした。
「俺の勝ちだな」
地面に倒れた〈側近〉を見下ろして騎士が言い放った。
「私は負けたが……〈黒鷲〉は勝つ」
見ろ、と側近が呻くように叫んだ。
「……私や〈小姓〉をはじめ、この地に斃れたすべての血と肉が〈庭〉の力となり、〈隊長〉の手によって美しい勝利の花が咲く……」
騎士は〈庭〉の仕組みに気づき顔を歪めた。
〈庭〉は血と肉を力にして——命を犠牲にして成り立つ。
「だからわざと突出した陣を組んだのか」
〈側近〉は最期に嗤い、絶命した。
「力になる、か……」
〈槍手〉の去り際の言葉が蘇る。
——あいつも命を捧げたのだろう——
「おい、何をぼーっとしている」
魔術師の声で騎士は我に返った。
周囲に白い闇が迫っている。
「〈庭〉だ。飲み込まれたら終わりだぞ」
魔術師が叫ぶ。
「何だよ、無茶苦茶じゃねえか」
騎士は走りながら悪態をついた。
「予想の遥か上だった。……死神の〈庭〉は」
魔術師の声に驚嘆と諦念が滲でいる。
「お前も負けを認めたりするんだな」
「冷静に判断できないほど馬鹿じゃない」
「他の奴らは?」
「侍従が陛下の許に向かってるが」
助けられないなと魔術師は口の中で呟いた。
「とにかくまずは我が身だ。陛下だって魔王だから大丈夫だろ?」
騎士が軽口を叩く。
「知らん」
「まぁそりゃそうか。こんな事態ならな」
疾走する騎士の行く手を白い闇が覆い隠す。
「ヤバいな」
逃げきれない——と騎士が覚悟を決めた時、
「跳べ」
魔術師の鋭い叫びに騎士は身を躍らせた。
「さようなら、魔王陛下」
〈隊長〉の声が夢のように漂う。
『忘れよ、この世を、己が名を、我が怒りを』
魔王はどこまでも冷静だった。
振り返って魔者の子を見る。
〈隊長〉も魔王の視線を追って魔者の子の黒い瞳と出会う。
「……そのひとは——人間ではありませんか」
〈隊長〉は魔者の子に微笑みかける。
『魔者お前たちには渡さぬ』
魔王は魔者の子に手を伸ばす。
「やめろッ。そのひとを解放しろッ」
英雄が魔者の子に駆け寄る。
「……時間です」
〈隊長〉の合図をきっかけにすべての音が遠のき、あたりは完璧な静寂と白い闇に包まれた……。
——来よ——
——行こう——
白い闇の狭間で
二本の腕が差し伸べられている。
続く
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