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「もうさ?ずっとこうして居ようか……?」
「……」
その声が、頭の先から全身に伝わって染み込む。翔の溜息がおでこにかかった。
なんて答えたらいいのかわからない。翔の腕の中に納まったまま流れるこんな沈黙を処理するスペックを、私は未だ持ち合わせていなかった。
翔のスキンシップは激しめになってきていて、特に最近、ここで二人きりで過ごす時、私たちはまあ、けっこう近めの距離で過ごすのだけど……私のことを抱きしめたまま、急に真面目なテンションになるのは何か、やめて欲しい。
その時、翔の長い睫毛の影が頬に落ち、僅かに開いた薄い唇が触れてしまうほど側にある事に、私はうっかり気付いてしまう。
「っ!翔……近いっ!」
耐えきれなくなって視線を逸らすと、急に動いた私にびっくりしたのか、翔の時も一緒に止まる。
「ふはっ。まじなんなん?あず~?」
ちょっと攻め過ぎたせいで、あずが俊敏に動いた。
今日は微妙な空気感の後の仲直りコースで、あずのキャパは、既にいっぱいいっぱいだったはず。
だからその隙に、ちょっとキスでもしちゃおうかな?と思ったのだけど、失敗した。
「今、めっちゃキュンキュンするところだったでしょ?」
「ホントにっ!翔は自分の破壊力、自覚した方が良いよ?」
一瞬キスされるかと思った。
ただでさえ目まぐるしい感情の変化で、もう、いっぱいいっぱいだったのに。
それにしても、この至近距離での翔の顔は、心臓を何個破壊されても慣れる事は無いと思う。
「いつも言ってるけどさ、私じゃ翔はキャパオーバーなんだって!」
「はいはい。まぁ、そんなキャパオーバーなのも含めて、俺はあずが好きなんですけどねぇ?」
頭をポンポンと撫でると、キュッと目を閉じてしまうあずのクセが可愛い。
それから、サラサラした黒髪も好き。
「っちょ!」
翔のスキンシップの中で、頭を撫でてくれるのが一番好き。
抱きしめられるとドキドキし過ぎて落ち着かないし、頭ポンポンだけでもう、ごちそうさまです。
……と思っていた矢先、不穏な気配をおでこに感じて、私は咄嗟にそこを死守した。
「あーあ。せっかくデコちゅーしようと思ったのに?」
「……もう。心臓が持ちません。翔と居ると寿命が縮みます!」
「くくっ。いちいち可愛いんだけど?」
せめてデコちゅーなら いけるかと思ったのに、あずは意外と手強かった。
あずの寿命が縮んじゃっても悲しいから、今日はこの位にしておこう。
でも、俺達すでに、かなりラブラブじゃね?
そろそろ可愛い可愛い俺の彼女として、皆にあずを自慢したい。
「ねぇ、マジでこのまま……手でも繋いで教室戻らん?カミングアウト~的な?」
「翔?ホントにっ、私を殺す気ですか?──ってか、そんな事したら殺される……」
翔と二人きりだと、どんどん忘れてしまう現実を、ふいに思い出す度に美香の顔が過る。
美香が好きだと言ってる翔の腕の中で、こんな事を考える私は最低過ぎて恥ずかしいけど。
「まだ言ってんの?まぁ、いっか。あずの気持ちを待ちますよ?」
こんな最低な私のどこを、翔は好きになったんだろう?ホントに不思議だ。
でも翔が好きだと言ってくれる度、翔が好きな私の事は、好きだと思えてくるから更に不思議で嬉しかった。
「ごめんね」
「じゃなくて?」
「ありがとう?」
「からのぉ?」
「ふへっ?」
急に変なテンションになった翔についていけなくて、変な声が出てしまう。
「そこは、だ~い好きっ!でしょ?」
翔が声色を変えて、女の子っぽくそう言った。
私がそんな風に言わないのをわかってるから、いつもみたいに揶揄ってるんだ。
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