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1. 教室 (二年)
文化祭の名残もすっかり片付いてしまった教室は味気なく、修旅を楽しみにするにはまだちょっと早い九月の終わり。
椅子をこちらに向けて、喋りながら小さな一口で食べているせいで、お弁当が全然減らない美香と、いつもの様に過ごしていた。
二年生に進級しても、中学から仲良しのたまちゃんとは、また別のクラスになってしまった。癒し系のたまちゃんとは正反対のような性格をしている美香も、親友のサキとクラスが別れてしまってからは、私といつも一緒に居てくれる。
いい意味でも悪い意味でも目立つ美香といつも一緒に居ることで、私もこのクラスの女子から浮き気味なのは知っている。でも、過去にぼっち経験のある私としては、美香は間違いなく、かけがえのない、大事な友達なんだ……
その時、突然私の左側で美香の視線が釘付けになった。
次の瞬間、私の左肘は後ろへクイっと引っ張られ──
「っっひゃ!」
「おっと……そんな、飛び跳ねなくても?」
思わず情けない声が出て、椅子の上で小さく跳ねると、美香が私の顔をまじまじと見ている。
その顔には大きく「羨ましい」と書かれていて、なおかつ「ずるい」と唇が無音で動いていた。
「だって、びっくりした……って違う。違うの、美香!そうっ!このプリント!出すの忘れてて……ね?翔?」
美香の態度とその気配で、そこに翔がいることはわかっていた。
美香は、学年の中でも目立つイケメンの翔に、入学式で一目惚れしたらしい。
それからすぐ、先輩たちにも人気が出た翔だったけど、美香はことある毎に「この高校で一番最初に翔を好きになったのは美香」と大きな声で触れ回っていた。
そのせいで、美香が翔の事を好きだということは学年中、いや、もしかしたら学校中が知っている。それにもかかわらず美香は、未だに翔の前ではしおらしくて可愛い女子を貫いていた。
だから、私と翔とのやり取りに、美香がいつものテンションで割り込んでくる事はない。でも少しだけ、何か言いたそうな顔をしながら、美香は翔の顔面に見惚れているようだった。
翔の行動に焦りを隠しきれなかった私は、取り繕うように机の中から適当なプリントを取り出して、貼り付けた笑顔を美香へと向ける。
「これ、これ。今日の昼休みまでだったよね?」
「ん?そうなんだ?大変だね?」
翔は何故かそのプリントを私から受け取ると、ヒラヒラとしてから私に戻す。
今の私には、翔の行動の意味を考える余裕なんてない。だから意味も無く、それを綺麗に畳んで胸ポケットへ押し込んだ。
「あっ、うん。そうなの!大変なのっ!」
元凶は我関せずを貫くようで、その様子を見ながら何故かニヨニヨと笑っている。
「そういう訳だから!私行くねっ!美香、翔!でわっ!」
この微妙なトライアングルに耐えきれなかった私は、いち早く離脱を決意すると、椅子を引いて立ち上がり、一目散に教室を飛び出した──
「まじ何なん?あずっていつも慌ただしいね?美香ちゃんもそう思わん?」
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