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「……あず?」
私を自分の両手と冷たい壁の間にすっぽりと納め、翔は覗きこむ様に見つめてくる……
「……ごめん」
顔を上げると、翔は急に優しくふっと笑った。
「そんな顔すんなって」
「うん……」
「まぁ、あずは、俺と隠れて会ってるってコトに興奮するんだから、仕方ないか?」
「違っ!そうじゃないけどっ……」
翔は悪戯っぽくそう言うと、そのまま私を抱き締める。
「いい加減、観念しろよ?」
翔にそう囁かれた私の左耳は、途端に熱を帯びて甘く痺れた──
*
「くくっ……ってか、さっきのなんなん?」
私より二十センチ以上背が高い翔は、俯いた私の頭に顎を乗せたままで笑い出す。頭のてっぺんから僅かにケタケタと振動が伝わり、なんだか全身がくすぐったい。
翔の体温と吐息のかかる距離のおかげか、背中を預けている冷たい壁はもうすでに、私の体温で熱くなっていた。
「え……?わたし、何かしたっけ?」
「教室で合図した時。あんなに慌てたら余計怪しいって……」
翔は私をすっぽりと包んだまま、まだ楽しそうに笑っている。
「だって!美香の真ん前で合図するなんて……心臓、止まるかと思った」
「あずが慌ててんの楽しいんだもん。しょうがなくね?」
翔が悪戯っぽく小首を傾げると、長めの前髪がサラリと動く。
前髪の動きまでイケメンなせいで、思わず許してしまいそうになったけど……
あれは、私への嫌がらせでしかなかった。
「だから、美香は翔の事が……」
翔には何度も「女子同士のコミュニティについて」を講義していたが、翔はその度、不服そうに口を尖らせている。
「それ、あずより先に、美香ちゃんが俺を好きになったって話?」
「うん」
「俺って早い者勝ちなの?何それ……ウケる」
翔が少しイライラしてきた事を察知した私は、なるべく深追いをしない様な言い訳を、頭の中で必死で探し出すことにした。
「それに、美香はぼっちになりかけた私とつるんでくれてるし……」
「前も言ったけど、それさあ、友達っていえるの?この前だって……結局、全部あずに押し付けたのに、美香ちゃんは自分の手柄みたく話してたよ?」
それは先週、家庭科の実習でカップケーキを作った時の話だと思う。
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