3. 翔とあず

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………… ……  一年の時のクラスの奴らは、めっちゃノリが良い奴らばっかりだった。  だから入学式のすぐ後にはもう、放課後は毎日の様に皆でどっかに寄って帰るという流れができていた。  一週間も経てば、みんなその流れにも飽きるだろうと思い、最初は俺も空気を読んでそれに付き合っていたけど、未だにそんな気配が無いことにウンザリしてきている。  だから今日は「忘れ物」という定番の嘘で、俺は教室に戻って来た。このまましばらく一人で時間を潰して、クラスの奴らが居なくなった頃帰ればいい。  そう思って戻って来た誰も居ない筈の教室で、誰かが何か作業をしている……?  あれは確か──あずって呼ばれてる子だっけか?  いつもは誰かとつるんでいた様な気がしたけど、わらわらと連なってカラオケへと向かったウチのクラスの女子の誰一人として、あずがまだ教室に残ってる事に、気が付いてもいなかった気がする。 「なんか、悪いことでもしたの?」 「うわっ!翔くん?びっくりした……」  教室の入り口から思わず声を掛けると、あずは椅子に座ったまま飛び跳ね、ガタッと大きな音が教室に響く。  絶対ちょっと痛かったはずなのに、あずは何故か歪みかけた表情を無理やり元に戻すと、何食わぬ顔を装って座りなおしている。その様子を一部始終逃さずに見ていた俺は、思わず吹き出してしまいそうになった。  でも、そんなあずの様子には触れないでいた方が、なんだか面白くなりそうだったから、俺は笑いを堪えて教室に入ってみることにした。 「んで?なんで一人だけ居残りさせられてんの?」 「あっ……あのね、そう。これっ、先生に頼まれちゃって。あっ!でもたまちゃん待ってるから、丁度良かったっていうか……」 「たまちゃん?」 「あっ、たまちゃん?は隣のクラスで?今日は、なんか?委員会らしくて?」 「ふ~ん。疑問形多いね?ってか、あずは行かなくていいの?今日のカラオケ」 「……うん。それに、これ頼まれちゃったし  ──って!あずって!」 「っえ?あずだよね?女子にそう呼ばれてたじゃん?」 「そう。あずなんだけど……翔くんが……あずって……名前呼び」 「どした?」  何て呼んだら良いかわからなかっただけなのだけど、急にしどろもどろされた上に、俺は目を逸らされてしまった。  ここは、馴れ馴れしくし過ぎた事を反省するべきなんだろう。でも「気になる子をからかっちゃうタイプ」の俺は、そんな反応にウズウズしてしまう。 「大丈夫?」 「平気っ!平気。私の事は、お気になさらずに……」  悪気の無いフリをして、逸らされた視線を覗き込む。  俺の前髪の何本かがあずの額に触れるのも、もちろん計算済みだった。  けど、あずは何の反応もしない…… 「たまちゃん、まだでしょ?俺もここで待とうかな?」  俺はもうちょっとあずの気を引きたくなって、作業をしている机のすぐ前の席に、わざとあずの方を向いて座る。  あれ?さっきから微動だにしてないけど大丈夫か? 「ん?しかめっ面してっけど?これ、まだいっぱいあるん?俺も手伝うよ?」 「……はっ、ぜんっぜん。っほら!もう、終わってるし!」  作業の邪魔をしていた事はちゃんと反省したから、あずの目の前にあるプリントを掴もうとすると、急に我に返り俊敏になったあずが、バタバタとプリントの束をまとめ始めた。 「あらっ?たまちゃん終わったかしら?じゃあ私そろそろ、失礼を……」  そう言って立ち上がったあずは、挙動不審なうえに口調までおかしくなっている。  俺は流石に堪えられなくなり、堪えていた笑いを思いっ切り吹き出すと、もう面白くて仕方がない。 「あー、何なん?急に、あらっ?とか、かしら?って……くはっ。っやばっ……おもしろっ」 「いや。普通に。私、いつもそういう話し方だし……ホントっ!私の事は気にしないでもらってダイジョウブなんで……」  あずは何やら慌てふためき、一刻も早く立ち去りたいというオーラを出していたけど、目の前で笑い転げる俺を、ひとり置き去りには出来ないみたいだった。 「くくっ。ぜってー嘘だし。クラスでは普通に話してたじゃん?──っはぁ、何でそんなに慌ててんの?」 「そんなっ!私みたいな普通の凡人の普通を、人気者が知ってるわけないし……」 「普通の凡人の普通?……何それ?」 「とにかくっ!私にはイケメンに耐性が無いしっ!お楽しみ頂ける様な芸も持ち合わせていないから、ごめんなさいっ!」  どんどんあずが意味不明になって、面白すぎる。 「ウケる。イケメンって楽しませなきゃいけないの?ってか俺、イケメンって褒められてんのに、何かフラれたっぽくね?」 「いや、フラれたなんてっ、畏れ多い……」  そう言い残したあずは徐に後ずさりすると、急に加速して教室を出て行ってしまった。  その俊敏さは中々のもので、仕上げたプリントの束が机の上に置き去りされていることに気が付いた俺が、慌てて廊下を覗いた時にはもう、その姿はすっかり見えなくなっていた。 「足、はやっ……」
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