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良かった。あずが微動だにしなくなった。
あずの驚きのレベルは【その場で少し跳ねる<挙動不審<口調崩壊<フリーズ】だって事を、あずと良く話すようになってから気が付いていた。
だから、俺の告白は無事にあずに伝わったんだと思う。それに、最大級に驚いてくれるという事は、少しは脈も、あるのかもしれない。
あずは遠くを見たまま、使命感なのか、カレーの鍋をかき混ぜる事だけを再開していた。
フリーズした状態でカレーをかき混ぜるあずの事を、そのままいつまでも見ていられると思ったけど、美香が俺のことを探し始めた声が聞こえ、俺はあずから告白の返事を聞けないまま、しょうがなく皆の所に戻ることにした。
*
美香が得意げに盛り付けたカレーを、班ごとに割り当てられた屋根付きのテーブルまで運ぶあずの動きは、ぎこちなくてロボットみたいだった。
それは俺のせいだと思うし、そうでなくちゃ困る。
あずは雑用諸々を請け負ったせいで、テーブルに戻って来るのが遅くなり、座る席を選べなかった。
だからあずは空いていた(……本当は空けておいた)俺の左隣りに座り、今もまだカクカクと動いている。その姿は自然と視界に入ってきていたけど、俺だってそんなに無神経じゃないから。そんなあずを、まじまじと見る事はしないでいた。
でもそんな俺達の微妙な空気感に、同じ班の誰も気が付いていない。あの、美香でさえ……
それは俺の立ち回りが上手いせいではなく、それぞれがなんだか浮足立っていて、それどころじゃないからだった。
あずの作ったカレーはめっちゃ美味しくて、その美味しさを大声で皆に知らせたいくらいだった。
「あずは、めっちゃ料理上手っ!胃袋掴まれて絶対惚れちゃう!って、掴まれてなくても惚れちゃったけどね、俺は!」って……
「何これ!めっちゃ旨いじゃん!」
俺が心の中で随分と浮足立っているうちに、最初に感嘆の声を上げたのはユウタだった。
ユウタの発した大声で、あずが小さくその場で跳ねる。
「でしょ~?」
でも何故か、その発言に対して誇らしげに相槌を打ったのは、美香だった。
「えっ?美香ちゃんは、ぜんぜん──」
思わず立ち上がり、「美香がカレー作りに全く貢献していない事」を主張しようとした俺の左肘が、後ろへグッと引っ張られる。それにハッとして、その先の言葉は飲み込んだ。
俺の肘の辺りの袖を、しっかりとを掴んだままのあずを思わず見つめると、その状態にやっと気が付いたようで、あずはその手をパッと自分に戻す。
「いいの?」
「うん」
あずの雰囲気から、このやり取りを美香には気付かれてはいけない様な気がした。だからこっそりと確認すると、思った通り、あずは小さく頷いた。
そのまま美香は、カレー作りの大変さを得意げに語っていて、ヤマトもユウタも、その美味しさと、それが美香のお手製であるという事を喜び、やたらと美香を褒め称え続けている。
マジで全員馬鹿なのか?さっきまでキャイキャイ一緒にはしゃいでいた美香が、このカレーを作っていたとしたら、美香は分身でもしたっていうのか?それか、美香には魔法が使えるとでも?
「翔は?どう?美味しい?」
「美味しいよ。めっちゃ」
俺の正面に座っていた美香は、身体をテーブルに乗り上げるような格好で肘をつき、上目遣いで感想を求めてくる。俺はそんな美香に向かって、「心からの感想」を伝えた。
その時、隣に座っているあずが、いつもより更に小さく跳ねた気がして嬉しかった。
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