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0. 教室 (一年)
「っあ、ごめん」
「お…おう」
急いで教室を出ようとした私は、翔くんと思いっきりぶつかりそうになってよろけた。
そして、咄嗟にその長い腕をひろげ、私を助けてくれようとした翔くんに、抱きとめられたみたいな格好になった。
「あのっ……そうっ!このプリント、出すの忘れてて……」
私は一瞬でこの状況を俯瞰すると、恩人である翔くんをグイっと押しのける。
「……そう、か。大変だね?」
「あっ、うん。そうなの!大変なのっ!私っ、もう行くねっ!」
突然の事に慌てた私は、一刻も早くこの場から離れたかった。失礼なことに、助けてくれたはずの翔くんにお礼すら言わず、それなのに、教室に美香の存在がないことだけはしっかりと確認する。そして、うるさいままの心臓を抱え、そのまま職員室へと走り出した……
*
選択授業が始まる少し前、たまちゃんと家庭科室を目指していた時だった。
二人のスマホが同時に震える。何だか嫌な予感がした私たちは、一度顔を見合わせてから、恐るおそる画面に触れ、同じグループに届いたメッセージを開いた。
みか「@あず
聞いたよ~!!」
みか「私の翔様に抱きしめられたんだって?」
みか「うらやましいが過ぎる…」
嫌な予感はというのは当たってしまうもので、スタンプと短いメッセージが交互に送られてきているその画面は、チカチカする圧力を振りかざしてくる。
「たまちゃん、これ……美香、怒ってる……よね?」
「うーん……かもね?早いとこ返事した方がいいかも……」
「こわい、こわい……」
同級生、しかも友達に恐れを抱くなんて、普通じゃないと思う。でも、ちょっとだけ震えてしまう指が、誤魔化しきれないこの気持ちを表していた。
あず「@みか
急いでて」
あず「ぶつかりそうになっただけだよ〜」
たま「あずラッキーじゃん」
さき「皆うらやましいって言ってたよ~」
さき「さては狙ったな?w」
あず「だから、たまたまだって(T_T)」
みか「w」
みか「ずるいから!」
みか「あとで翔様の残り香嗅ぐから!w」
あず「ヾ(≧▽≦)ノ」
あず「りょうかいですw」
一緒に居たたまちゃんのナイスフォローのおかげで、何とか事なきを得た気がする。
喉元まで溜まっていた何かを、大きな溜息にして吐き出した。
「たまちゃんナイス。ありがとう……」
「ふふっ、お疲れ」
「ふう、一気に疲れた……」
「美香の圧、凄いもんね……でもさ、あず、本当はさっきの嬉しかったんでしょ?」
「……うん。まぁ……って、違う!あんな、抱きしめられたみたいになったら、誰だってドキドキするでしょ?だって、あの、翔くんだよ?」
背が高く、無駄にさらさらとした髪質。嫌味の無い二重瞼に、スッと通った鼻筋。そんな王道イケメンの翔くんは、入学早々目立つ存在になっていた。それはこの学年では勿論のこと、先輩たち、いや、すでに学校中の注目の的。
「別に、翔君は誰のモノでも無いんだし……あずも、翔君の事が好きだって言っちゃえば良いのに」
「そんなの……無理だよ。美香居るじゃん」
「翔君は美香のモノでも無いけどね?」
「……そう、だけどさ……色々あるじゃん?」
「まぁね。でも私は、誰が誰を好きになっても良いと思うけどな?」
「全くその通りだとは思うよ……でもさ?」
「女って、ひたすら面倒くさいね?」
「ですな……」
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