450人が本棚に入れています
本棚に追加
突然の訃報
「は? 事故? え……亡くなった!?」
訃報が入ったのは、抑制剤を打ち終わったあとだ。使い終えた針をキャップごと取りさって、ポーチにいれると携帯がぶるぶると震えた。着信をみると知らない番号で、雅也の同僚だった。
どうやって電話口で答えたのかは覚えていない。雅也が客先の会社から戻るときに車と接触し、亡くなったらしい。聞き終えると、スマホを鞄にしまいこむ。
あ……。
同僚の声が耳障りにのこり、非情ではないが、まず浮かんだ考えは一つしかない。
お迎えどうしよう。
近所に祖父母なんていない。夫である雅也は駆け落ち同然で家をでて、番になった。母子家庭で育った男のオメガとの結婚なんて、東雲家には相応しくない。身分違いだと罵られ、手をとりあって、電車に揺られ、縁もゆかりもない地方都市に礎を築いた。二人の子供を授かり、やっとここまできたのに……。
腕時計に気づいて、はっとする。いけない。もう十八時半を過ぎている。十九時までにはお迎えに行かないと延長してしまう。
俺しか、いない。とにかく急ごう。
とりあえず、子供をキャッチアップして、ご飯は冷凍でもなんでも済まして、食べさせてるときに電話して、お隣の佐々木さんになんとか面倒をみてもらうよう頼んで……。
頭がパニックだ。トイレから這うようにでて、改札へ定期をかざして駅をあとにする。歩きなれた道を辿り、駐輪場を目指した。夕暮れはすでに闇色に染まって、街灯がつき始めている。
事故? 亡くなった? ほんとうか?
慌ただしく出勤していく夫、雅也を朝にみた。子供たちとともに、はよ行けと手を振り、そのあとはママチャリに二人を乗せて急いででた。それが最後だ。予兆も予感もなにもない、日常。うそだ。うん、多分うそだ。朝の準備に忙しく、仕上げ磨きも手伝ってくれない雅也に、消えてしまえ! と願ったが、そんなにすぐ叶うわけない。
あ、と裕は足をとめる。
口座、凍結されるまえに現金を引き出さないと。
地下にある駐輪場から、ママチャリを取りだして、暑いわけでもないのに額に汗がうっすらとつたう。ペダルに足をのせて、のろのろと冬枯れの並木の横を通り越して、コンビニに向かおうとした。
……あいつのカードの暗証番号すらわからないんだっけ。
共働きだから、財布は別にしていた。カードや通帳は各自で管理している。
大丈夫。うん、まだ俺の定期と貯金がある。
裕は途中まで行きかけたコンビニの道を方向転換して、保育園へ大きな船を漕ぐようにペダルを踏んではすすむ。どうしても足に力がでない。長年連れ添ったといっても、まだ五年だ。雅也と出会って、子供ができて、まだ五年しかたっていない。
すでに街は暗闇に溶けこんで、街は家路につこうと人であふれている。
うん、おれ、落ち着け、戦いはこれからだ。
最初のコメントを投稿しよう!