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3. 記憶
入学式は長々とした学長の話を聞くだけで終わった。周りを見回せばスーツ姿の人、人、人。
皆ついこの間まで高校や予備校に通っていた人たちなのかと思うと、すっと心が和んだ。初めは緊張しかなかった空気が、式場から同級生が退場していくと共に緩んでいく。
よく見れば友達と「話長かったよな」と話している人もいるし、スーツに着られているような、幼い顔立ちの女の子たちもいる。
僕だって、周りの人たちには同じように思われているに違いないのだけれど、緊張しているのが自分だけじゃないという事実だけで、ほっとしたのだった。
入学式の後はいくつかのオリエンテーションに出席し、その日は午前中に解散となった。僕は経営学部で悠人は法学部。互いに学部ごとの説明会が終わった後に、校門のところで待ち合わせしていた。
「お疲れ」
「お疲れ様。疲れたな!」
普段は底抜けに明るい悠人でさえ、度重なるオリエンテーションにさすがに疲れを隠せないようだ。
周囲では新入生をサークルに勧誘しようとする先輩たちの群れ。僕たちはそのアーケード街のような賑わいをすり抜けて、さっさと帰路についた。今日は押し寄せてくる心と体の疲れに逆らえない。サークルを探すのは明日からにしよう。
「隆貴、これからどっか行かね?」
「そうだね。お腹も空いたし」
「だよな! 飯食いに行こう。さっきサッカーサークルの先輩から美味しい店聞いたんだ」
「サークル? まさか、もう入ったの?」
「いやいや。ちょっと勧誘を受けただけさ。まだこれからじっくり考える」
「なるほど」
さすがは我が親友。行動が早い。僕などは当分はサークルのことを考えずに大学生活に慣れるのに精一杯だろう。
悠人は勧誘で声をかけてくる上級生たちを、「もうサークル決めたんで!」と一蹴しながら、ずんずんと前へ進んだ。その姿に、一瞬子供の頃の美雨が重なる。夏休み、近所で花火大会が行われた日だった。小学生だった僕らは二人で花火大会に行った。彼女は紺色の生地に蝶々の絵が施された着物を着ていて、それだけでもう僕の心は彼女に釘付けだった。
「こっち! 早くしないと始まっちゃう!」
花火大会に命を賭けている、というほどの勢いで僕の手を引いて一生懸命前へ進もうとする彼女。汗ばんだ掌から伝わる彼女の体温。意識すればするほど気になってしまう、彼女の白いうなじ。人混みをかき分けて彼女が納得する「観覧スポット」を探していたあの時間が、もう僕の記憶の中では遠い。
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